2006年04月07日

近況報告(4/7) 春眠、暁を覚えず

春眠、暁を覚えず
この故事成語は『春の夜(朝)は心地が良いので朝になっても目が覚めない』という意味であって、「暖かい春の日差しで眠くなる」という意味ではありません。お昼寝をしたくなるような陽気に対して使う言葉じゃないんですよね。結構誤用されています。

まぁでも、まだまだ朝は寒いですよね・・・少なくても、暖かくて寝過ごすような季節ではなく、私にはまだまだコタツから抜け出せなくて寝過ごす季節ですかね・・・。

時間割が組み終わりました。授業の約2/3が少人数制(10名前後)の実習という理学部らしい時間割になったのですが、昨年度後期に続いて、私の心身の耐久性を超えたコマ数です。

私の大学の理学部では、「ゆるやかな専門化」を目指しているらしく、他大学に比べ、専門化が遅いみたいです。

先の白浜の実習においても、他大の学生の方が明確な目標を持っており、高校生の延長のような私の大学の生徒とは意識が結構違いましたね。勿論、私の大学の学生にもはっきりとした目標を持って学んでいる人もいるんですが、やはり、「ゆるやかな専門化」教育の影響か、目標が曖昧な学生が多いみたいです。選択権がある分、他分野も見てみようという気になるんですよね。

ただ、これはこの学部の教育方針であって、別に悪いことではないと思います。

私が生物と地学という妙な組み合わせを学べるのもこの教育方針のおかげです。

地学を学んでいたことで、生物学のフィールドワークにおいて、地学的な発想でフィールドをとらえることができ、他の学生にない楽しみ方が出来たと思います。

たとえば、島・海岸の状態からその形成過程を想像したり、砂浜の配置から海流などを考えたり出来ました。これは、地学を学んでいないと気づかないことです。

別にそういったことが分かったからって何かの役に立つわけではないですが、楽しいことが大切だと思います。

私の学問に対する基準は「楽しいかどうか」です。楽しければ勉強するし、つまらなければ勉強しません。地学も生物も楽しいから勉強しているだけで、他に目的はないんです。まぁ楽しむためにしなければならないあまり面白くない事っていうのも存在しますけどね。私は出来るだけそういうものは避けて通っていますけど。

受験とかの為に勉強するんじゃなくて、本当に楽しいことを勉強できるのが大学の良さだと思います。中にはいやいや勉強している人もいるようですけど、ちょっと間違ってる気がしますね。

自分が何をしたいのかをしっかり認識する力が必要だと思います。

私は、自分の好奇心に正直に生きよう、と心がけています。再生や免疫、気候や地震など、私が知りたいと感じるものは結構社会のニーズにあったものが多く、自分が不思議だと思ったことを学んでいけば、たぶん生きていける、と何となく思います。

どういった教育がいい教育のかは素人の私には分かりませんが、子供が持つ好奇心に答えられる教育というものも必要なんじゃないかなって思います。そのためには、人間一人の記憶力では子供の好奇心に答えることは出来ないんで、社会的な対応が必要になるでしょうけどね。

幼い子供にしろ、中高生にしろ、不思議に思うことは必ずあります。それに充分に答えられる大人を用意することはとても難しいですが、せめて、親や学校の先生くらいはある程度の素養を持ってもらいたいですね。

あまりに無知な教師や親は子供にとって不幸です。

親や教師であるなら、せめて子供の役に立つ知識をある程度備えておいてほしいものです。

まぁ私の親は科学については殆ど何も知りませんでしたけどね・・・今、たまに私が教えてあげています。ぜんぜん覚えてくれませんけど・・・。


塾などで英才教育をさせる親がいますが、一番の英才教育は、親が教育を受けることだと思います

博識な親に育てられれば、子供も自ずから知識を蓄えて行くはずです。

まぁ自分の子供に勉学的な優秀さを求めるのであればの話ですけど。


なんか話がよく分からない方向へ飛んでしまいましたが、テレビであまりに無知な大人を見てしまって悲しくなった勢いで書いてしまいました。

ではでは。


posted by new_world at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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