2006年11月30日

コンコルドの誤り

過去の投資に囚われて引き時を誤ることを「コンコルドの誤り」と例えることがあります。

あの超音速旅客機のコンコルドです。

資金の回収が絶望的であることは明らかだったのに、夢と意地と過去の投資に囚われて開発を中止することの出来なかった英仏合作の商用航空機コンコルド。

特殊性から離陸できる飛行場が限られ、大量輸送・低価格の航空業界の流れに乗りそこね、最後には100名以上の死者を出す事故まで起こして、後継機不在のまま廃止されました。

そのため、過去の投資にとらわれて途中でやめることができない人間の心理の例えになってしまっているようです。

公共事業の批判などでこういう話はよく聞きますが、人間なら誰しも陥りうる状況ですよね。全くの無駄にはしたくない、と思っちゃうんです。


ただ、商業的には失敗した『コンコルド』ですが、初の超音速旅客機として歴史に名前を残せたわけですし、そういう点では、開発の意味はあったんだと私は思います。

まぁ夢に対する投資にしては大きすぎたようですけど・・・


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2006年11月28日

近況報告(11/28)

実体顕微鏡
上の写真は実体顕微鏡という両眼で見る比較的低倍の顕微鏡で、像を見ながら細かい作業が出来ます。mm単位の小さな生き物を扱うときなどに用います。

この作業が面白いんです。普通なら到底出来ない細かい作業がいとも簡単に(簡単ではないことも多いですが・・・)出来ちゃうんです。お米に字を書いたりとか、そういった作業です(やったことはないですが)。

肉眼ではよく見えないプランクトンを区分けしたり、数mmのハエの幼虫を解剖したり、パラフィンに埋め込んだ試料を1mm角に削ったり、そういった作業ができます。

実習の中で一番楽しい時間です。実習の目的とか原理とか結果とかよりも、こういった細かな作業が面白いです。まぁ実習としては、目的とか原理とかの方が重要なのかもしれませんけど。

思い出してみると、昔から細かな作業は好きでしたね。離れてみると真黒に見えるくらい細かな幾何学模様を描いたりや4等分の折り紙を更に4等分して折り紙を作ったり、そういった暇つぶしをよくしていました。料理をするときも、味付けや盛り付けよりも野菜を切るときや魚をさばく時が楽しいです。

手先が特別器用というわけではないのですが、こういった細かい作業をやっているときは時間を忘れて熱中してしまいます。

まぁでも、無駄なことに精を出して、本題で失敗することも多いんですけどね・・・細かい作業ではないところで大雑把になって、結局実験は失敗、とかよくあります。野菜は上手く切れても煮込みすぎて失敗、みたいな感じでしょうか。

デフォルトは「大雑把」の方なので、どうしても、詰めが甘い・・・というか、詰めどころかほぼ全体が甘くなってるんですね・・・

そんな感じの今日頃のごろ、今週で、学生実習が終わります。

来年の卒業研究まで実験器具とは離れ離れです。

ではでは。
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2006年11月25日

離合

九州の方では、車がすれ違うこと、特に、道路中央線のない狭い道路で車がすれ違うことを「離合する」といいます。使い方は、「あの道では離合できない」とか「離合できるかな・・・」とかいった感じです。

聞いた話では、『離合注意』というローカルな標識もあるとか。

便利な言葉だと思うのですが、他の地域には同義の単語がないようなので、別になくてもいい言葉なのかもしれません。
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2006年11月23日

大学設立の背景

私の通っている大学の設立は1897年(エンブレムに書いてあります)なんですが、この1897年という時期は、大学創設と深く関係があるそうです。

77年に東大が設立されたことから、関西にも帝国大学設立をという声はあったようですが、何分明治維新(1868〜)後まもない時期で、不平等条約に縛られた途上国の日本にはお金がなかったんです。

ところが、この時期、とあるところから大金が流れ込んできます。

日清戦争の賠償金です。

この賠償金の一部で京都の第三高等学校を帝国大学に昇格させるという提案がなされ、結果、第三高等学校を東一条に移してその施設を大学が利用するという形で日清戦争終戦2年後に念願の関西の帝国大学が出来たそうです。

2つ目が出来れば3つ目も、ということで、東北や九州などへの帝国大学設立の提案もなされたそうですが、土地や元となる施設はあっても大学運営資金が足りないということで、結局は10年後、日露戦争後まで実現しなかったそうです。
posted by new_world at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

鉛筆とシャープペンの芯の違い

鉛筆とシャープペンの芯は材料が違います。勿論、両方とも黒鉛(炭素の結晶)を用いてはいるのですが、それを固める素材が違うんです。

鉛筆の芯は黒鉛に粘土と水を混ぜて高温で焼いたもので、シャープペンの芯は黒鉛を合成樹脂(プラスチック)と混ぜて高温で固めたものです。

高校程度の化学を学んでいれば分かるのですが、これは大きな違いです。

粘土による骨格はケイ素(シリコン)であるのに対し、合成樹脂によるものは炭素です。

つまり、シャープペンの場合、固める樹脂も“炭”なんです。まぁ黒鉛ほどは黒くはならないようですが。また、合成樹脂を用いたほうが硬度が増し、細くすることが出来るので、シャープペンの芯は合成樹脂で黒鉛を固めているようです。

鉛筆の芯に今でも伝統的な粘土製が使われている理由は知りませんが、価格的な問題か、硬度の問題だと思います。芯に合成樹脂を用いた鉛筆は開発されてはいるようですが、流通はしていません。
posted by new_world at 04:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学の雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

お土産


魔除け人形祖父母が親戚とハワイにある親戚の別宅に遊びに行ってきたそうで、変わった土産物を買ってきてくれました。

何かの魔よけ?の木彫りの置物で、大きく口を開けた人の形をしています・・・。



ただ、ただですね、この木彫りの人形、made in chinaって書いてあるんですよね・・・しかも、社名はAsia .... Incとか。更に、客寄せのためか、わざとらしく間違った日本語が書かれていたり・・・。


とはいえ、お土産というものはあげる方ももらう方も困りますよね。私個人としては、挨拶などならともかく、旅行や帰省の土産などは必要ないと思っているのですが、一般的に、家族や親しい友人くらいには土産物を買ってくるものです。

旅行の記念に自分用に買って帰る分にはそれなりの意味を感じますが、行ったこともない場所の記念品をもらってもどうしようもないんですよね・・・しかも、土産物って利用価値の低いものが殆どです。食べ物にしても、名産品を除いて、お菓子などはどこも似通ったものですし・・・まぁ似通っているものは味もそこまで悪くないのでいいですが、普通にしておけばいいものを妙なご当地なこだわりで大変なことになっているものも結構ありますよね・・・ああいったものは、食べるときの苦しみか、捨てる時の罪悪感を渡しているようなものです。

まぁそんな感じです。

この置物と一緒にもらった、あの定番のマカデミアナッツのチョコレートがどうも苦手で、困っている今日この頃なんですよ。チョコレートは嫌いじゃないですが、豆類の入ったものはどうも苦手なんで・・・友人に配って減らしています。




あと、自然淘汰されて飾り気の全くない私の部屋では、この妙な置物は浮きますね・・・そんなに大きなものではないのですが。
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2006年11月17日

狂犬病と感染経路

怖いですね・・・36年ぶりに日本人の狂犬病の発病が確認されたそうです。フィリピンで野良犬にかまれたのが原因とのこと。

狂犬病ウイルスは、噛まれた場所から神経を伝って脳神経まで感染し発病します。狂犬病は発病したらもはや手遅れで、1週間ほどでこん睡状態に陥り死にいたる恐ろしい病気です。発病後の治療法はなく、自然治癒もまず望めず、致死率は100%と言われています。

日本では根絶されたと言われる狂犬病のウイルスですが、一部の島国や北欧の国を除いて、未だに世界で猛威を振るうウイルスなんですよね。最近も、オリンピックを控える中国が狂犬病対策に躍起になって、補償や動物愛護などの問題との兼ね合いで苦労しているような話を聞いたことがあります。

感染しても消毒してすぐにワクチンをうてばまず問題ない弱いウイルスなのですが、途上国などではワクチンの不足や偽ワクチンの流通、動物に噛まれた際の不適正な処置などで、依然として世界で毎年5万人ほどが発病し、亡くなっているそうです。




そういえば、小さい頃、飼い犬の注射をした際に、「狂犬病になると何故水を怖がるのか?」という質問を親(?)にしたことがあります。

何故、『水』限定なのか、ということです。まぁ知らないと答えられない質問ですよね・・・。

この水を怖がるという現象は、液体を飲み込むと喉などの筋肉が痙攣して激痛が走ることで生じるそうで、狂犬病ウイルスが直接脳に作用して起こす現象ではないそうです。まぁ直接作用していたら凄いですけど。
何故その筋肉が痙攣するのかは私は知りませんが、神経に働くウイルスなので痙攣であれば何となく納得できます。

海外に旅行した際に哺乳類系の動物に噛まれたら必ず検査するべきです。狂“犬”病とは言いますが、哺乳類であれば大体感染するようですので。





追加:感染経路など

感染者数はインドが一番多い(約3万人)ようですが、インドは人口も中国並みに多いので、人口当たりの死亡者数はどうなのか分かりません(中国はインドほど多くはないようです)。マラリアのように蚊が媒介しているわけではないので、寒い地域、たとえば、ロシアなどでも感染者が多く出ています。(参照:発生有無世界地図 http://nichiju.lin.go.jp/ekigaku/keneki/kyouken.htm)

犬のほかには、コウモリ(特に南米の吸血コウモリ)やキツネ、アライグマなどが感染源になることが多いようです。

予防するに越したことはないですが、発症前であれば消毒とワクチンで対処可能です。

狂犬病のウイルスは空気感染はしないようですが、恐ろしく容赦のない感染拡大の“ノウハウ”を持っています。

傷口から末梢神経に侵入し、ゆっくりと時間をかけて(1週間〜数ヶ月、長いものは数年:侵入部によって異なります。)中枢神経まで達することで発症、更に神経を伝って“唾液腺”へ行き、唾液中に送られます。そして、発病した動物の多くは、狂ったように周囲の生き物に“噛み付き”ます。その唾液には、ウイルスが含まれています。しかも、喉の周囲の筋肉がけいれんし、痛くて唾液は飲み込めませんので、口の中には大量の唾液がたまっています。

ウイルス入りの唾液があふれた口で、見境なく噛み付くんです。

吸血鬼をほうふつとさせるシステムです。

しかも、家族同然に可愛がっていた動物が、です。性格が豹変し凶暴化、“毒”の牙で噛み付いてくるんです。そして、すぐに弱って死んでしまいます。飼い主までも道連れにして。

また、動物の種類によっては、凶暴化せずに、麻痺症状がすぐにあらわれるものもあるようです。(この場合、どうやって拡大するのかは私は知りません。)

凶暴化した場合、『仲間』という意識が警戒心を解いてしまうので、群に一匹発病すると、急激に拡大することになります。空気感染でも近くにいる仲間に感染しやすいと言えますが、感染効率は噛み付いたほうが高いと思います。(発病率は約30〜60%)

しかし、キャリアがすぐに死んでしまうのでどの程度拡大できるのかはわかりません。ただ、哺乳類内であれば大抵感染可能ですので、移動能力の高く噛み付く能力に長けた生物種(吸血コウモリなど)に感染した場合は広く拡大することになります。



狂犬病ウイルスが進化の過程で獲得したシステムなんでしょうけど、ぞっとしますね・・・
posted by new_world at 07:22| Comment(4) | TrackBack(2) | 生態の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

近況報告(11/15)


夕方の飛行機雲雲の写真私は少し、写真が好きです。
「趣味」と言うほどのものではないですが、ふと思い立ってデジカメを持って出かけることがあります。まぁ、“写真を撮りに行く”とかいうわけではなく、単に“ついでに写真でも撮ろうかな”みたいな感じですけど。

冒頭の写真は、先日学校帰りに、買物に行った時、鴨川の河原のサイクリングロード(?)から撮った写真です。実習の記録用にちょうどデジカメを持っていっていたので、撮ってみました。

写真の対象としては、空、特に、雲が多いです。快晴の雲ひとつない真っ青の空よりも、大きな入道雲や一面のうろこ雲のある空の方が私は好きです。山や海のような風景、建物や機械のような人工物、花や葉、樹皮のような植物の一部、鳥やネコなどの小動物も嫌いではありませんが、やはり、雲の写真が圧倒的に多いです。

なぜ雲なのかはよく分かりませんが、幼い頃に見た雲海の影響かもしれないと思っています。小学生の頃でしたか、叔父に暗いうちから高い山の展望台に(何も知らされずに)連れて行ってもらって、日の出前の雲海を見たんです。
角度は日の出の方角。薄暗く肌寒い展望台から見た淡く浮かびあがる雲海は、それはもう感動的な美しさで、あれ以来一度もお目にかかってはいませんが、あの風景は忘れようがないです。

またこれは私の中で一番古い雲の記憶です。

雲は、単に重力と上昇気流のつりあいで水や氷の粒が浮いているものですが、理屈なしで綺麗と思える瞬間を持っています。

まぁ寂しい科学派の人間は、気を抜くとその理屈を考えてしまって、勝手に興ざめしちゃったりするんですけどね・・・綺麗なものを素直に綺麗と思える心が欲しいです。

私は特に理屈屋なところがあるので、いまいち感性が鈍いんです。なんでも理由を付けようと思ってしまって、結局、“感性を研ぎ澄ます”といった状態を維持することが難しいんです。悲しいことに。


・・・毎度の事ながら話が大分それてきましたが、まぁ、構成なんて考えて書いていないんでしょうがないですね。全く近況報告になっていませんし。


近況報告:今は比較的平和な毎日が続いています。


まぁ、こんなとこだけ地味に更新されているこのブログですが、そろそろ普通の記事も書かないと見放されちゃいますね・・・下書きの記事は結構沢山あるんですが、もうひと押し足りなくて、下書きのまま眠っています。せっかく久々に時間があるので、ブログの更新もしなくてはいけませんね・・・


ではでは。
posted by new_world at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

近況報告(11/06)

言葉の力
人間にとって、『言葉』というものは最も強い外部入力の1つです。ここでいう『言葉』というのは、言葉の持つ『意味』のことです。この『意味』というものは、音や光などの物理的な入力に負けず、様々な形で私達に強い影響を与えます。

しかも、その影響力には明確な根拠が必ずしも必要ないんです。たとえば「応援」や「中傷」などがそうです。特別な根拠がなくても、応援されると勝てそうな気になったり、自分は違うと思っていても「中傷」されると疑ってしまったりします。このように言葉の意味が持つ力はかなり強いのです。

他にも、「占い」というもののなかに、その力の凄さを垣間見ることが出来ます。殆どの占いには論理的な根拠がありません。勿論、“相談”の要素が強いものや明らかに“予想”できることなどは除きます。
たとえば、朝のニュースの終わりや新聞や雑誌に書いてある「生年月日や血液型などによる占い」、これにはどう考えても根拠なんてないですよね。でも、私達は、『今日は運が悪いので気をつけましょう』とか、『白いものを身につけるといいでしょう』とか言われてしまうと、根拠なんかなくても、少なからず影響を受けてしまうんです。

まぁだからどうしたといわれても困るのですが、そんなことを昔からよく思うんです。心理学とかは学んだことはないので、うまく説明はできないのですが・・・

そういえば、全然関係ないですが、最近パソコンから変な音がします。特に深刻なエラーは見られないのですが、ブラックボックスであるパソコンから変な音がすると、かなり不安です。
しかも、今期はゼミのレジュメつくりがあるんで、壊れてもらったら激しく困ります・・・レジュメ製作は当日の朝まで続くのが定番になっているので、直前に壊れられたら、殆ど一巻の終わりです。単位を落とすだけでなく、教官や友人に顔向けできなくなります。

滅茶苦茶な文章ですが、そんな感じの今日この頃です。

ではでは。
posted by new_world at 18:59| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

近況報告(10/25)

「苦しい」とか「悔しい」とか「悲しい」
生き物を見ていると生き物は生きるために出来ているんだと実感します。構造や行動には原因や目的、挑戦などが背景にあり、無駄なような事柄も実は結構役立っていたりします。
ただ、私達人間は、高い思考力によってその本能的な反応を解析して理性的に反応します。その理性の所為で、本来の目的が隠れてしまうことが結構あるように私は感じています。
たとえば、「苦しみ」や「悲しみ」。精神論の世界では『苦しみを乗り越えてこそ成長できる』のようなスローガンの元、『苦労は買ってでもしろ』という慣用句を実行しています。
確かに、苦痛によって成長できるというのは事実かもしれませんが、『苦しみ』というものは『出来るだけ避けるような事柄』に対して私達の体や脳が起こす反応であって、進んで受けるものではないと思います。苦痛ばかりに突っ込んで行っては、何のための思考力か分かりません。
人間はたびたび、死ぬかもしれないことを自ら買って出て死んでしまう、という、生きる物としておかしな行動を思考力の所為でとってしまうんです。その背景には、“命より大切なもの”という生き物として間違っているのではないかと感じられる価値観があることが多いです。勿論、その中には家族や母集団を守るという生物的に価値のある行動が多いのかもしれませんが、感情やら世間体が強すぎて、客観的に見て不利な行動を取ることも少なくありません。
失敗は成功の元であっても、失敗が目的ではないんですよね。あくまで、将来的には、失敗は避けるべきものなんです。
苦しみやら悲しみ、悔しさに飲まれて、精神的に困窮し、一杯一杯になって機能停止になるのではなく、それらを二度と繰り返さないように、それらを避けるように今後は行動することを学習しなければならないのです。
苦しい時には、このことを忘れてはいけないと思います。
posted by new_world at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月03日

大手豆腐メーカー=ハウス食品、森永乳業

数日前(先週?)のWBSで紹介されていたのですが、豆腐の大手メーカーはハウス食品と森永乳業らしいです。でも、ハウスも森永も豆腐のイメージはありませんよね。というのも、それらの企業は、“海外”で豆腐を作っているメーカーなのです。

目的は知りませんが、国内では法律によって規制されていて、豆腐は中小企業しか作ることが出来ないそうです。

そういえば、スーパーに並んでいる豆腐はどれも個人経営っぽい名前の知らないメーカーばかりですよね。

でも、大手スーパーなどには自社開発製品の1つとして豆腐を並べているところもあるんで、どういった形の規制がかかっているのかはよく分かりません。
posted by new_world at 20:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 政経な話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月02日

豆腐

最近、豆腐という食材の価値を再考しています。

その理由は、“栄養価が高い”ということではなく、“日持ちする”ということです。

普通の絹ごしや木綿豆腐だと数日で悪くなってしまいますが、充填式の豆腐なら一週間くらいは持ちます(理想的な状態では、一ヶ月以上大丈夫だそうです)。

最近忙しくて買物に行く機会(+気力)が週末くらいしかなく、週一回の買物で持たせるには、やはり、1週間くらいは持ってもらわないと困るんですよね。

まぁ肉類も、冷凍すれば結構日持ちするのですが、冷凍すると、解凍が手間なんですよね・・・そこまでして肉類を食べようとは思いません。

ただ、豆腐料理って汁物か肉豆腐、麻婆豆腐くらいしか覚えてないので(麻婆豆腐はレトルトのことも多いですし・・・)、時間があるこの週末に、肉類を使わない豆腐料理をいくつか“覚えてみよう”と思い立ちました。

忙しいときに料理をするためには、覚えてないといけないんですよね・・・

忙しい時ほど、自分のレパートリーの狭さを思い知らされる時はないです。忙しいと、他の事をしながら(or考えながら)料理をしないといけないので、覚えているものくらいしか作る気がしないんですよね。
posted by new_world at 21:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 日常生活(日記) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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