2007年10月21日

市の人口

日本に「市制」が導入された1890年頃、日本の人口は今の3分の1の約4千万人、東京市(今で言う23区?)の人口も140万人くらいだったそうです。

今とは人口の分布傾向や市の面積も違いますし、市同士の合併も多く行われていて一概に比較は出来ませんが、今とは大分違う分布をしていたようです。

その当時の人口のランキングはちょっと“昔”を垣間見れる感じがしましたね。

1位東京、2位大阪はまぁ納得できるのですが、3番は名古屋じゃなくて京都、次に名古屋、神戸、横浜と続きます。

まぁこの辺りまでは今でも日本有数の都市として栄えている都市なのですが、6位の横浜に続く都市は江戸時代を感じさせる順位となっています。(〔〕内は現在の順位)

7位 金沢〔37〕
8位 仙台〔12〕
9位 広島〔11〕
10位徳島〔86〕
11位富山〔40〕
12位鹿児島〔22〕
13位和歌山〔52〕
14位長崎〔38〕
15位福岡〔8〕
16位函館〔76〕
17位熊本〔21〕
18位岡山〔20〕
19位堺〔15〕
20位新潟〔16〕
・・・・・と、今では必ずしも大都市とは言えない都市がある一方、札幌や千葉、北九州などの現在の政令市(の元となった町)は50位にも入っていません。

たとえば、九州の都市人口を見ると、今はダントツで九州の中心である福岡よりも、薩摩藩のあった鹿児島や出島で栄えた長崎などが上位にありますし、北海道も、当時開発中だった札幌よりも江戸時代から交易で栄えていた函館が上位にあります。

1890年当時は21位に福井が入っているのですが、明治以降の近代化・国際化に乗り切れず“裏日本”という蔑称までできた日本海側の都市も、鎖国による国内中心の経済システムや加賀100万石の前田氏の影響などからか、多くが上位に入っています。

他にも、少し前まで琉球王国の王都だった首里(後に那覇市に吸収)や中継貿易を生業としていた琉球王国の要である那覇なども当時は比較的大きな都市だったようです。(まぁ19世紀には貿易を欧米の殖民都市に奪われて衰退していましたが・・・)




やはり、たかが100年とはいえ、日本もかなり変化したようですね・・・


posted by new_world at 15:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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