2008年07月21日

神武東征

ご存じない方も多いかもしれませんが、日本の初代天皇である神武天皇(神話上の天皇)は日向国、今の宮崎県の生まれです。

古事記によると、神武天皇(当時皇太子)は兄の五瀬命と日本の統治について話し合い、日向を出て東に向かう事を決めたそうです。

その後、大分から瀬戸内海に入り、海沿いに移動し、近畿(大阪)に攻め込んだそうです。しかし、大阪での戦いで敗れ、兄の五瀬命が深手を負ってしまいます。神武天皇は、太陽の神(天照大神)の子孫である我々が太陽に向かって(東向き、つまり、岡山方面から大阪に向かって)攻め入ったのが間違えだったと考え、南の紀伊国(和歌山)から近畿に入る事にします。負傷した五瀬命は紀伊で亡くなってしまいます。

神武天皇は伊勢の方に回り込もうとしたのですが、途中で難破し、熊野を越えることにします。熊野の山中を八咫烏の案内で越え、大和に入ります。そして、今度や戦いに勝ち、大和を平定し、神武天皇として即位し、朝廷を築く事になります。

もちろん、神話上の話で、実際に天皇家が九州から近畿に入ったと言う証拠はありません。神武天皇自体、存在したか定かではありませんし。

ただ、神話があるからには何か理由があるはずです。どうしてこういう話になったのか、どういう学説があるのか私はよく知りませんが、そういう事を考えるのも面白いでしょうね。


posted by new_world at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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