2008年08月09日

若き生物学者の遺産

前回、先月亡くなられたニュートリノ天文学の戸塚氏の話を書きました。58歳で癌が見つかり、66歳と言う若さで亡くなられた戸塚氏。自分の体で起こっている事を記録に残し、最後まで科学者であり続けたという話題が新聞などで紹介されていました。


分子生物学の世界にも同じ癌で若くして倒れた学者がいました。

白血病・・・原因は広島の原子爆弾。

岡崎令治氏。

1975年に広島原爆の後遺症(白血病)で44歳の若さで亡くなった日本の最も偉大な分子生物学者の一人です。岡崎令治氏もまた、最後まで科学者を貫いた方です。

その業績は、岡崎フラグメントの発見。分子生物学の教科書には必ずある項目です。

岡崎フラグメントについての説明は以前書いた事があります。岡崎フラグメントはDNAの複製方向の謎を解いた偉大な研究です。

岡崎令治氏は44歳と言う若さで亡くなられたのですが、その研究は岡崎令治氏の夫人である岡崎恒子氏が受け継ぎました。当時は女性の科学者に対する風当たりも強かったでしょうし、子供も2人いらっしゃり、引き継ぐのは大変だったでしょう。しかし、岡崎恒子氏もまた優れた科学者で、岡崎令治氏の死後、その理論に対して厳しい反論がされた際に、あきらめずに実験を続け、岡崎フラグメントによる不連続複製を改めて証明したそうです。

そういう点では、岡崎フラグメントの“岡崎”は、“岡崎夫妻”の“岡崎”と言えるかもしれません。

岡崎恒子氏へのインタビュー「岡崎フラグメントと私」がJT生命誌研究館のHP内にあります。

興味のある方は読んでみてください。


posted by new_world at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学の雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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