2009年07月09日

永谷園と山本山

今朝の日経で知ったのですが、実は両方とも、源流は江戸時代のお茶屋さんだそうです。

300年と少し前の江戸時代、今の煎茶を発明した(とされる)のが永谷さんで、その150年くらい後に、玉露を生み出したのが山本さんらしいです。

「煎茶を発明した」と言われている永谷園のご先祖の永谷宗円は、宇治でお茶を作っていた人で、実は、「煎茶を発明した」と言うよりも、宇治の煎茶を江戸に持ち込み、「江戸庶民のお茶の概念を覆した」人みたいです。

当時、庶民のお茶は赤っぽくて薄い粗末なもので、それが普通だと言われていた中で、永谷宗円は今の煎茶と同じ奇麗な緑色のお茶を作って広めました。

その偉大な功績から、伝説的な感じで「煎茶の始祖」とか言われたりもするようです。

そして、実は、その、江戸に「永谷宗円の煎茶」を広めたのが山本さんだったのです。山本さんはお茶や和紙を売る人で、新しい煎茶の素晴らしさに目をつけ、それを江戸に持ち込み、ブームを起こしたのです。

また、それから150年くらい後に、山本山はお茶の製法を工夫して玉露を生み出します。玉露という名前は元々は山本山の商品名です。

そして、戦後、現在の永谷園の創業者は、実家のお茶製造業を再興する為に、「お茶づけ海苔」を売り出します。その路線を貫いて、今の永谷園があります。

山本山はお茶を続けるとともに、江戸時代から売ってきた和紙を改め、海苔に転向します。
和紙も海苔も材料を薄く延ばして作るのは同じで、山本山の山本社長が言うには、「色が白から黒になり、食べられる様になった」とのこと。


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