「本」と言う漢字は“木の下の部分”をさし、「基本」や「本物」、「本来」といった意味を示しています。
書物が教科書を代表される様に物事の「基本」を示すことから、製本された書籍を「本」と呼ぶようになったようですが、「本」の示す意味を冷静に考えると、とても高尚なものに見えてきます。
でも、紙や本を作るのが簡単になってしまった今の時代では、「本」と呼ぶに値しないものも多くありますけどね・・・。
まぁ、でも、源氏物語も当時から冊子として製本されていますので、昔から「物事の基本」をさすだけでなく「娯楽」の一種として扱われていたようですけどね。
というかむしろ、源氏物語のような小説の場合、冊子にしないと読めないですよね。
巻物だと、読み終わるたびに巻き直し、続きを読もうと思ったら同じ場所まで開き直さなければなりません。
巻物は、一読して保存するだけの公的書類や横長い絵巻物等には使えるのかもしれませんが、検索性がないので、途中で一旦閉じて後日また読み直す可能性のある「小説」や、毎回少しずつ進めていく「教科書」には不向きですよね。
ましてや、特定の箇所を探す「辞書」なんかには到底使えません。
そう考えると、「物事の基本」をさすもの達は、「本」が主流だったんでしょうかね。
最近では、電子化されているものも多くありますけどね。
余談ですが、「本」と同義に使われがちな「書籍」という単語には、「本」だけではなく「巻物」なども含みます。最近は、「CD」なども「書籍」の一つとして分類する区分もあるそうです。
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「女には向かない職業」で藤原先生は雑文という文章はないと言いながら雑誌を踏んでいました。
どうでもいいことでスミマセン。
本=製本された書籍という定義だと、雑誌も含まれるでしょうね。
確かに、「雑」誌という名称も面白いですね。
ただ、雑誌に関しては一般的にはコンビニに並んでいるようなものをイメージされるのかもしれませんが、一応、科学の論文が載っているのも「雑誌」になりますよね。あとは経済誌や文芸誌も雑誌(このあたりはコンビニにもありますが)ですよね。
これだけ内容に統一性がないと、まさに「雑」誌ですよね。
定義としては、「同じタイトル」で「定期的に発行されるもの」みたいな感じでしょうか。