2005年04月11日

清盛の政治手法

今回は批判されがちな「清盛の政治手法」である「荘園」基盤と「外戚政策」です。

清盛の政治手法は古いのか?
清盛の行った荘園制・知行国依存・外戚政策などは古い貴族的手法だと批判されがちです。

この“貴族的”な手法が武士の反感を受け治承・寿永の乱へつながった、という説があります。

それに対し、源頼朝は新時代を気づいたパイオニアであり、古代勢力を打倒した正義だと言われています。
また、武士と貴族は相反するものであり、鎌倉幕府は古い貴族を新勢力である武士の手で打ち崩した象徴となっています。

しかし、実際は、鎌倉幕府も荘園と知行国に依存していたのです。
更に室町幕府も荘園と知行国が基盤でした。
また、外戚政策にいたっては徳川幕府まで続いています。

つまり、平家政権の荘園制、外戚政策が批判されるものではないといえるのです。
政治手法の点では源平と貴族は似ており、為政者として違う存在とはいえません。
勿論、武芸を生業とする武士の人間としての性格はそれまでの貴族とは異なったでしょう。しかし、源氏も平家も同じ武士ですので源氏と平家の違いはそこまでないはずなのです。

ただ、『短命』であったのは事実で、問題はあるはずです。(源氏政権も殆ど1代としかいえないので長かったわけではないですが・・・)
しかしそれは、政治手法の「古さ」ではないのです。



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posted by new_world at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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