2005年06月18日

火口とカルデラと火砕流

火口とカルデラの違いって案外適当です。
日本では直径が2km以上ならカルデラです。
つまり、穴が小さくて火山に“穴が開いている”様に見えるのが火口で、穴が大きくて火山が“へこんでいる”様に見えるのがカルデラです。
アメリカでは直径が約1.6km(1マイル)以上のものをカルデラと呼んでいます。
カルデラはポルトガル語の『大鍋』が語源で、大規模な噴火の際に、一度に大量のマグマが抜けて地盤が沈下したものです。

カルデラと言えば阿蘇山が有名ですね。
阿蘇のカルデラは東西18km、南北25kmで東京23区と同じくらいの広さがあります。

阿蘇のカルデラは4回の大噴火で形成されました。
大噴火と言ってもイメージしにくいでしょうから具体的に言いますと、一番大きかった4回目の噴火では、火砕流が海を渡って(火砕流は海の上を渡るんです)山口や長崎まで到達し、火山灰は北海道の東部でも10cm以上降り注ぎました。

少し精密な九州の衛星写真を見たら、阿蘇山の火砕流が流れた場所が一目で分かります。
いい写真がなくて載せられないのですが、九州中部の山地には、山のひだが沢山ある部分と滑らかな部分があります。滑らかな部分は阿蘇山の火砕流が通った部分です。


雲仙では火砕流で43名の死者を出しました。
しかし、あれは完璧に予想されていたのです。

火砕流の7ヶ月前、噴火活動の活発化を察知した科学者は観測体制を強化し、様々なデータを収集していきました。
その3ヵ月後には火山灰の成分からマグマの上昇を確認、この噴火が小規模なものにはならないことを確信したそうです。ただ、火砕流と言う言葉は科学者の頭にもなかったようです。

火砕流の一月前には小規模な火砕流が生じました。
科学者の間では火砕流と言えば、阿蘇山の火砕流のような「九州全土を多い尽くすようなイメージ」があったため、本当にその単語を使っていいものかと悩んだそうです。誤解をまねきパニックになることを恐れたのです。
ただ、実際に使ってみたら、一般人には意味が分からず、逆に軽視される結果になったようです。

それから少しして、山で作業をしていた作業員が火砕流の熱風で火傷を負ったため、島原市は避難勧告区域を設置して、近付かないよう市民に警告しました。
しかし、火砕流を甘く見ていた報道陣などの一般人は普通に避難勧告区域に出入りしていたようです。

そして、1991年6月3日、それまでよりは大きな火砕流が生じて、避難勧告区域にいた報道陣など43名が犠牲になったのです。

その火砕流は想定の範囲内の小規模な火砕流で、避難勧告区域からは出ることはありませんでした。

つまり、火砕流と言う単語が正確に伝わらなかったために生じた災害だったのです。
勿論、正確に伝わりすぎたらそれはそれでパニックになっていたでしょうけど。


14年経った今でも、「避難勧告」が問題になっていますね。
洪水や津波の避難勧告が出たら避難するかどうか。
人間は自分は大丈夫だと思ってしまうので、目に見えた兆候を伴わない津波や火砕流だと避難する気にはならないでしょうね・・・。

※阿蘇山火口ライブ映像
ここで、阿蘇山の火口のライブ映像が見れます。



posted by new_world at 14:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 地球の科学・暦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
去年、島原の火山災害センター?だっけか、行ってきました。
報道陣が亡くなった「定点」についても詳しく展示されてましたよ。

以前にもあったらしいですね「島原大変・肥後迷惑」
Posted by せい at 2005年06月19日 00:36
寛政の改革が行われていた1792年に「島原大変肥後迷惑」はあったらしいですね。これって、島原は大変で肥後は迷惑だったってことですかね?
土砂が一気に海に落ちて大津波が起きたとか・・・
島原と熊本で1万5千人の死傷者が出たようです。
そのときの土砂崩れの岩で島が沢山出来たとか・・・。
Posted by new_world at 2005年06月20日 00:47
そうみたいです。
この時は島原で火山が噴火し、その時の津波が熊本に押し寄せたとか。
恐いですね。
Posted by せい at 2005年06月20日 23:33
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