2005年07月12日

無限の異物に対して免疫がとった戦略

「免疫」シリーズ第5弾。今回は、『獲得免疫の多様性』の話です。

私たちのDNAは30億の塩基対で3万程度の遺伝子しか持っていません。

「遺伝子」とは、たんぱく質の設計図の数ということで、大腸菌などでは遺伝子の数=タンパク質の種類です。

ヒトの場合は、ひとつの設計図の読み方を変えることで、3万の遺伝子から10万種くらいのたんぱく質を作っています。

ところが、細菌を特異的に認識する抗体は少なくても数百万種類は必要だといわれています。

この算出方法がどういったものかは知りませんが、そう簡単に作れる数ではありません。

免疫の為に割り当てられる遺伝子は限られているのです。

そこで免疫システムにおいては画期的な抗体製造方法を獲得しています。

『組合せ』です。

これは“たんぱく質”の組合せではありません。

あくまでも“シンプル”な抗体を作るために、“遺伝子”を組み合わせるんです。

しかも、遺伝子を切って貼り合わせるんです。

こんな大胆な方法は体内では免疫系でしか行われていません。


これを発見したのは利根川進博士です。

利根川博士はこの発見でノーベル賞を受賞しました。


これを“VDJ組み換え”といいます。


免疫グロブリン遺伝子の再編成.jpg

上図のように、V,D,Jとは、一本の遺伝子上に並んだ、多くの種類のある遺伝子“断片”です。

それぞれが一つずつ集まって抗体タンパクの“可変部領域”と呼ばれる、いわば、抗原を捕まえる手の部分を作っています。



免疫グロブリン

抗体は中心の長い鎖(H鎖)2本と外側の短い鎖(L鎖)2本から出来ています。

つまり、2種類の4つのタンパク質からできているのです。

V、D、J以外の部分はあまり変化をしません。

根元の部分が何種類かあるくらいです。

根本の部分の違いは根本がくっつく対象の違いです。


@長い鎖:Vが65種、Dが27種、Jが6種
「V」「D」「J」をひとつずつとって、(65×27×6=)10530種になります。

A短い鎖⇒2種類(κ型とλ型):それぞれ別の遺伝子
κ:Vが40種、Jが5種の計200種
λ:Vが30種、Jが4種の計120種

よって、短い鎖は320種となります。

@,Aの組み合わせで抗体は出来る(これはタンパク質の組み合わせといえます)ので、総計10530×320=3369600種の抗体が出来ます。

約337万種類ですね。

ただ、この中には抗体として形作れなかったり自分に反応してしまったりして実際は使われないものが結構あります。

まぁそれでも万単位の組み合わせが作れます。


あと、遺伝子を張り合わせる際に、その接続部にもランダムで遺伝子が組み込まれ、それもまた多様化へ貢献しています。


これがもっとも基本的な多様性の獲得です。

そして、ここからが免疫系の最大の“挑戦”です。

これまでの遺伝子の再編成も遺伝的な常識からすれば充分常識はずれの挑戦だったのですが、ここからは遺伝的に見れば“非常識”にあたるとんでもない挑戦です。

それは、突然変異です。

抗体にあえて突然変異を起こさせるのです。

これは、遺伝的には明らかに“誤った”状態です。

それをあえて行うことで免疫系の多様化を行っているのです。

高頻度の突然変異で襲撃してくる菌やウイルスに対しては突然変異で対抗するのです。

抗体を作るB細胞は遺伝子の再編成(V,D,Jの組み換え)で基本となる遺伝子を獲得した後、可変部領域のみに対して、高頻度突然変異を起こさせます。

この突然変異によって抗体は無限ともいえる抗原に対抗することが出来るようになったのです。


ただ、「DNAの切り貼り」にしても、「高頻度突然変異」にしても、細胞の社会の構成員である身分証明書ともいうべきDNAを大きく変えてしまう行為です。

このような行為を犯してまで、免疫は細胞の社会を守っているのです。

背に腹はかえられないのですね・・・苦渋の選択だったと思います。



《余談》
上で書いたとおり、抗体を作るB細胞には免疫の遺伝子の一部しか残っていません。

そのため、そこから体細胞クローンを作ると、そのクローンでは1種類のB細胞しか生まれません。

切り貼りした後なので。

《補足》
この文章だけだと「抗体って何?」という疑問がわくと思います。

確かに、抗体の説明をしていない段階で抗体の多様性を話したのは無理があったかも・・・とちょっと後悔しつつも、何となくこっちの方が面白いので多様性の獲得から書いてしまいました。

また今度、抗体がどういうものなのかを紹介したいと思っていますので、今回は「遺伝子の切り貼り」は免疫だけがやっているのだと感動してやってください。


posted by new_world at 00:38| Comment(6) | TrackBack(0) | 生活の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素人にはわかりませんが、こういう免疫のシステムを動かすのは何が司っているんでしようか、不思議な事ばかりです。
頭の悪い自分には考えすぎると頭が変になりそうです(笑)
Posted by misty at 2005年07月12日 15:02
たぶん、指令センターのようなものはなく、各組織で製造・分泌される酵素などの種類や密度で体は動いていると思います。
特定の酵素が多くなるとある反応が起きたり、逆に抑えられたりしています。それが複雑に絡み合って生物は生きています。

他にも細胞・分子の形や結合の仕方なども重要です。特定の形をした分子だけと結合したり、結合すると形が変わったりします。
相互反応で近付いたり、ある分子が接着剤の代わりになったり、と数え切れないくらいの仕組みが存在します。

授業で聞いていても、はっきり言って、信じられませんね。無限ともいえる反応の連鎖で生物が生きています。その考えられないほどの複雑さに興味をそそられるのですが、到底理解の範囲を越えています。

部分としては納得がいく説明があることはありますが、それが自然に起きていること自体信じられませんし、それが他の多くの反応と連携して行われているといわれれば、考えたくなくなるくらいです。

一つの事を勉強するときは、たとえそれが同時に起こっていても、他の事を考える余裕がないですね・・・
Posted by new_world at 2005年07月12日 19:07
なるほどっ!って言いたいけど、なんのこっちゃ。
わかったのは、人の体の不思議さ。
と気の遠くなるような、人の体の複雑さ。
これだけわかれば、ド素人にはおんの字だよね?
Posted by りでお at 2005年07月12日 21:04
なるほど、っといえませんか・・・残念。
まぁ『生物は凄いんだ!』っていうのが言いたいことですので、「分からないくらい複雑」という予定外の方向から目的を達成してもいいかもしれませんね・・・でも、やっぱり説明する側としては力不足を感じさせられます。

説明するのは難しいです。

私はちょっと予備知識がありますので分かるのですが、全く別の分野の予備知識の全くない方にはどのように説明すればいいのかといつも悩んでいます。

しかも、AとB,Cの3つの知識があっても、A→B→Cと、Cまで説明して初めてAが分かるような場合もありますので、記事が分断してしまうと理解しにくいでしょうね。

学校や塾の先生をほんと尊敬しますよ・・・。
Posted by new_world at 2005年07月12日 22:24
講義のための資料収集をしていたらこのサイトにあたりました。
獲得免疫の多様性の話しか見てませんが、そこの記事はなかなかよくかけていると思いました。あまりに熱っぽかったんで、京大のH研の関係者が書いているのかと思ったくらいです。
貴君のある種の才能と生物は凄いと感じられる感性を感じました。
今後ともがんばってください。
Posted by むら at 2007年11月16日 22:01
むら さん
少しでもお役に立てたのならいいのですが・・・。

免疫については教科書程度の知識で正直あまり詳しくはないのですが、かなり面白い分野だと思います。自然に獲得されたものとは思えないくらいにすごいシステムです。

あと、個人的な感想ですが、免疫を知っていると、日常生活が結構違ったように見えてきます。アレルギーや病気、怪我など、免疫が表面に出てくる場面って結構多いんですよね。

そういうときに、免疫系の動きが見えると、ちょっと不思議な感じがします。
Posted by new_world at 2007年11月17日 21:48
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