2005年07月28日

細胞の自殺

今回は細胞死についてです。ちょっと難しい名称が出てきますが、そこらへんは無視しながら読んでもかまいません。

多細胞生物は細胞の社会といえます。

ただ、私たちの社会と異なり、個人よりも集合体が優先されます。

私たちの集合体である国家は、現在の状況から考えれば、当分“死ぬ”ことはないのですが、細胞の集合体は常に死と隣り合わせにあります。

ガン細胞一つ見逃せば、後々手におえない状況に陥るのです。

そのため、細胞は積極的に自殺します。そして、積極的に殺します。

集合体の為に個は切り捨てられるのです。



特に、発生段階においては細胞の自殺は頻繁に生じており、このような自殺、つまり、遺伝的に決められた細胞死のことをプログラム細胞死といいます。

アポトーシスという名前の方が有名ですが、アポトーシスという名前は本来はプログラム細胞死とは異なる定義です。

アポトーシスは細胞死の形態による名前付けです。

アポトーシスは細胞が縮んで行って死ぬことをさします。(これの対義語はネクローシス、これは細胞が破裂して死にます。)

一方、プログラム細胞死の対義語はアクシデンタル細胞死です。

名前から分かるとおり、こちらは原因による名前付けです。プログラム細胞死はプログラムされた細胞死なんです。

少し前まではプログラム細胞死=アポトーシス、アクシデンタル細胞死=ネクローシスだったので、混同して用いられることが多かったのですが、最近は、プログラム細胞死のネクローシスなどが見つかっており、混同して用いるのは避けるべきです。


今回はアポトーシスではなくプログラム細胞死についてです。

プログラム細胞死の研究は線虫という生物によって発展しました。

何故線虫なのかというと、この生物は、成長しても細胞が1000個程度しかないからです。

つまり、細胞の生死を確認しやすいのです。

また、この生物は発生の段階で覆われる殻が透明な為、発生における細胞死を観察しやすいという利点もあります。

まぁそれでも観察するのは大変だったと思います。根気のいる作業です。


線虫によるプログラム細胞死の研究は、変異体の獲得によるものでした。

『細胞死を起こさない個体』を生み出し、その成長を観察したり遺伝子を解析したりすることでプログラム細胞死の機構を解き明かそうとしたのです。

それによって、次のような機構が明らかになりました。

プログラム細胞死.jpg

線虫のプログラム細胞死の機構において、CED3、CED4は常に存在しています。

つまり、普通の状態では細胞を殺すようになっているのです。

しかし、CED9による抑制を受けているために細胞死は生じません。

細胞死を起こす場合には、EGL-1を活性化させ、CED9を抑制することでCED3を活性化し、CED4(タンパク質分解酵素)を活性化し、生体分子を次々に分解していって細胞死を起こします。

なぜ、常に抑制が働いているか、ですが、これは安全性という点で説明が出来ます。

つまり、活性化の連鎖だと、活性化が起こらなくなったら細胞死が生じません。ところが、抑制であると、抑制がおかしくなると細胞死が生じます。

まぁこれだけではCED4→CED3は説明できないんですが、こういう説明も面白いと思います。実際はもっと複雑な理由があるのかもしれません(←私の勉強不足です)。


これは『信号を一色にするなら青信号だけにしなければならない』という考え方と同じです。

ミスが生じた場合、出来るだけよい状態に持ち込めるように対策を立てておくのです。

信号の電球が切れたりして無灯の状態になった時、無灯の状態が赤であれば車は止まってくれます。もし、無灯が青だと、全車線が通行してしまうので、交差点では事故が起きてしまいます。


一方、哺乳類の場合はどうであるかというと、マウスの実験などその機構が見つかっています。

哺乳類のプログラム細胞死の機構は、線虫のものとそっくりなんです。

上の図における、Bcl-2はCED9とそっくりで、APAF-1はCED4と、Caspase9はCED3とそっくりだったのです。



つまり、プログラム細胞死の機構は線虫から哺乳類まで引き継がれてきていたのです。

たった1000個の細胞からなる線虫と60兆個の細胞からなるヒトが同じような機構を持っているのは凄いことです。まぁこういうのは結構あるんですけどね。

もう一つのポイントがミトコンドリア由来のシトクロムCです。

なんと、細胞死の機構の中にミトコンドリアが介入しているのです。

何故ミトコンドリアなのかはよく知りませんが、ミトコンドリアがエネルギーを作るだけの機関でないことは確かです。細胞死においても重要な働きを持っています。


ただ、哺乳類に関してはプログラム細胞死の機構はもっと複雑な様です。

上図のプログラム細胞死機構においてはCaspaseというタンパク質分解酵素がプログラム細胞死の最終段階で活躍します。

活性化したCaspase3,Caspase6,Caspase7が数百種に及ぶタンパクを分解していって、細胞は死を迎えます。

ところが、このCaspaseを作らないような変異体においても、プログラム細胞死が起こったのです。

つまり、図の機構の主役のCaspaseによる細胞死以外にも細胞死の機構が存在するということです。

その経路についてはまだよく分かっていないようです。

細胞死についてはまだ勉強中で、ちょっと不十分な点もありますので、またいつか補充したいと思います。


posted by new_world at 09:10| Comment(4) | TrackBack(1) | 生命の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーん。細胞も自殺しますか。
ねずみの集団自殺と、人間の自殺は聞いた事がありますけど・・・。
 ところで「信号を一色にするなら青信号だけにしなければならない」 とありますが、
赤信号の間違いではないかと思うのですが・・・。
それはともかく、私常日頃、植物は生きているのか、生きていないのかの定義づけに悩んでいます。(私の中では生きてない説が有力です)細胞も生きているのか生きていないのか、悩んでしまいます。しっくりくる答えはあるのでしょうか?
Posted by comorava at 2005年07月28日 18:54
comoravaさん
確かに逆もいえます。
青信号だけだと、ミスが起きて電気がついちゃったら『進め』になります。

でも、青信号でもいいと思います。
青灯=進め
無灯=止まれ
とすると、信号の電球が切れたとき、無灯になると止まれになります。

上の例では、『抑制機構が停止する』というものだったので、そういう例えになりました。

暴走するよりも停止するほうが多いのかもしれませんね。



でも、ミスで点灯したら赤の方がいいというのは正しいです。私は気付きませんでした。


植物が生きているか、ですか?
私は細胞分裂をしているので生きているとは思いますが、ただ、植物の多くの部分は死んでいますね。
同じ遺伝子を持つ集合体としては、増殖して行っているので私は生きていると思います。

生の定義の問題ですね。
私は、生きていると言う状態を定義することには疑問を感じませんが、生と言うものを特別視するのはおかしいと思います。
生きていようが結局は物質です。

太陽が核融合で光っているように私たちもエネルギーを使って化学反応を行っているだけだと思います。

どちらにしても、ただの物質です。


答えにはなっていませんが・・・。
Posted by new_world at 2005年07月29日 06:34
質問への早々の答えありがとうございます。
かなりしっくりきました。
”生きていようが生きていまいが結局はただの物質。”
このフレーズ、気に入りました。
ありがとうございます。
Posted by comorava at 2005年07月29日 08:24
答えになっていなくてすみません。

私がミクロの生物に興味を持ったのも、生物を物質として考えたかったからです。小さく見れば見るほど生物は物質に見えてきます。

それが、綺麗に動くと言うところが、すごく面白いんです。
Posted by new_world at 2005年07月29日 23:25
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