2005年08月14日

飛行機事故

御巣鷹の日航機墜落事故から20年。

私の生まれた頃ですので、殆ど知りませんが、ひとつだけ、私の人生に登場してきます。私が通っていた幼稚園(大阪)の園長先生は女性でした。

なぜ、女性だったかというと、あの日航機の事故で園長が亡くなったからです。園長が東京から大阪へ戻るために乗った飛行機が落ちたのです。そして、園長の奥さんがその後を継いでいたそうです。

そのためか、その園長先生のイメージは何となく悲しげな感じです。


幼稚園のときには分かりませんでしたが、成長するにつれて、日航機事故についていろいろ知りました。
520名もの死者が出たことや、原因がボーイング社の修理ミスだということ、落ちた場所が悪くて救助が遅れたこと、など。

私がニュースを見るたびに感じるのは、乗客の恐怖とパイロットの無念です。
墜落した飛行機に乗り合わせてしまった乗客は想像を絶する恐怖を感じたでしょうし、500名以上の乗客を乗せている飛行機が操縦不能になってしまったときの操縦者の無念は計り知れないものがあります。


飛行機は最も事故を起こさない乗り物だと言われていますが、それは事故がおきたときの悲惨さの裏返しだと思います。
事故が起きたとき、どうしようもなくなるので、飛行機はより安全面が重視されるのです。


しかし、人間の作ったものですので、必ず事故は起きます。
20年と言う節目の日に日本航空の飛行機が再び事故を起こしました。

今日もギリシアで120名以上を乗せた飛行機が落ちたようです。
墜落前に接近した戦闘機のパイロットによれば、操縦席にパイロットの姿はなく、副操縦席のパイロットが倒れているのが見えたと言うことです。

原因は不明ですが、飛行機の破損によって操縦室が減圧されてパイロットが気を失った可能性が高いそうです。


posted by new_world at 22:58| Comment(4) | TrackBack(1) | 日常生活(日記) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも拝見させてもらっています。
御巣鷹の日航機墜落事件は僕も最近までほとんど知りませんでした。
Posted by いっぽんみち at 2005年08月15日 02:35
10歳以上違うと日航機事故の印象も違うものですね。
私の場合,中学の時,教育実習で自分のクラスを担当していた母校の先輩が日航機事故で亡くなられました。春先に来られていたあの人が?という感じで,にわかには信じられませんでした。
事故の検証ドキュメンタリーがいろいろ放映されていますが,そのひとつにボイスレコーダーの内容を流していたのですが,舵の効かない飛行機の操縦に手を尽くして最後に「もうだめだ…」という機長の声の後に破壊音がして録音が終了という最後に,乗客乗員の無念さを感じました。
改めて亡くなられた乗客乗員の皆さんの御冥福をお祈りしたいと思います。
Posted by とろまおパパ at 2005年08月15日 06:32
こんにちは。
20年ということでテレビでいろいろながされてましたね。残された家族の深い悲しみ苦しみ。機長の家族のための嫌がらせにマスコミの攻撃。
いつもおもうのですが,事実を報道する義務があるといいながら,マスコミって酷い言葉をあびせたりする人がいますよね。なんか視聴率かせぎをしてるようでいやにおもえるときがあります。
8月,この時期はさまざまな辛くて悲しい特別番組が放映されます。犠牲になった多くの人々のご冥福をお祈りいたします。
Posted by ネコにこばん at 2005年08月15日 13:06
いっぽんみちさん
私も毎年新しい情報を得ているような感じです。
私より若い世代の人は殆ど知らないのではないかと思います・・・。


とろまおパパさん
10年の差といえば、私と今の小学生の差くらいですね。
ちょうど、今の小学生は、阪神大震災のころに生まれたので、今の小学生の阪神大震災のイメージと私の日航機墜落事故のイメージは近いと思います。

「もうだめだ」、ですか・・・

航空技術の向上が、スピード以上に安全性に向くことを願っています。


ネコにこばんさん
8月は祈る機会の多い時期ですね。原爆や終戦、お盆など死者に関する日が多くあります。

マスコミは結局は自分勝手ですからね・・・公平さを求めつつも、どうしても、時代に流されてしまいます。商売なのでやむを得ないのかもしれませんが・・・。

私は、しつこく張り付くマスコミの人たちは好きじゃないですね。仕事なのでしょうが、不快に感じます。
Posted by new_world at 2005年08月17日 02:15
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