2006年04月15日

“老人”というヒトの特徴

顕著な老年期はヒトにしか存在しません。



人の研究は遥か昔から行われてきましたが、それはあくまで文系領域の人間の研究であってヒトの研究ではありませんでした。

戦後、科学の時代に入っても、学問としては文系の領域が主流だったようです。

つまり、ごく最近まで、ヒトの霊長類の一種としての研究は殆ど行われてこなかったのです。

ここ数十年で大分状況は変わってきているようですが、宗教的な理由などで、依然として人をヒトという霊長類の一種としてとらえる考え方は反対派も多いようです。

しかし、科学と言う観点では、あくまでヒトであり、霊長類の一種としての研究には意義があります。

これによって明らかにされたヒトという種の特徴が色々あります。


たとえば、「老人」です。

ここにおける「老人」の定義は「生殖能力を失った個体」という意味です。ヒト(♀)であれば40〜50歳以降ということになります。

4000種以上が発見されている哺乳類にいおいて、ヒトほど顕著な老年期が存在する生物は存在しません。

ニホンザルやチンパンジーですら、どんなに過保護に育てても寿命の1割程度です。

ところが、人間の場合、寿命の3割以上が老年期にあたります。人生の半分以上が老年期であったようなヒトもいるでしょう。

これはヒトのきわめて特殊な特徴だといえます。

ニホンザルの場合、人工飼育下における平均年齢は20歳程度で、メスの閉経は18〜20歳です。

閉経後は、どんなに気を配って育てても、3年以上は殆ど生きないということです。

自然界においては、出産又は授乳・子育ての負担によって死んでしまうので、基本的に閉経を迎えることはないようです。(嵐山や高崎山のような半分飼育下のようなサルは別です。)


一般の生物であれば、生殖能力を持たない個体を長生きさせておく理由はないのです。


食べるばかりで子孫を増やせない個体は、生まれたばかりの弱い子孫の代を圧迫してしまいます。

中には、子供や卵を食べてしまうものもいます。

それでは困るので、進化の過程で、生殖能力を失ったらすぐに死ぬように出来ているんです。


ところが、ヒトは人生の半分近くが生殖能力を失った状態だというのです。


生物としては異常です。


勿論、これには意味があるはずです。


ただ、あくまで進化の問題なので、証明しようがなく、仮説しか立てられません。


ここでは二つの仮説を紹介したいと思います。


まず、一つ目の仮説は「祖父母世代による子育て」です。

老年世代が存在するためには、老年世代の食料や保護にかかる負荷以上のメリットが必要です。

この「祖父母世代による子育て」によって生じるメリットは、親世代が自由に動けるようになるということです。

親世代は働き盛りであり、子育てで動けなくなると損失が大きいのです。

NHKなどの自然系の番組で「交代で子守をする」や「メスが子守をしてオスが狩りに出る」光景がよく出てきますよね。

片親が動けないと、食料の確保が減ってしまうのです。

勿論、祖父母世代を食べさせていくには、親ごとが片親の時の倍以上の収穫を上げる必要はありますが、協力すれば可能かもしれません。

まぁ『人生○十年』とか言うように、昔は感染症や出産などで死ぬ人が多かったので、必ずしも80くらいまで生きたわけではないですが、子育てという点では、全員が生きている必要はないんで問題ないです。

実際に、「祖父母世代が子育てをする」という習慣が未開の民族によく見られるそうです。


確かに、孫の子育てを全て担うには、子供が生める年齢の倍生きないといけませんよね・・・でも、ただそれだけのために、老年期をこれだけ伸ばすというのにはどうも疑問が残ります。

あくまで仮説です。



もう一つの仮説は「リーダーとしての存在」です。

いわゆる『長老』ですね。「知恵袋」とか「生き字引」とかみたいな。

ヒト以外の種でも、ヒトほどではないにしても、比較的長い老年期を持つ生き物がいくつかいます。

ゾウやイルカ・クジラの仲間です。

ゾウやイルカでは、めったに遭遇しないような危機的状況の際には老年期の個体がリーダー的な役割を担っているそうです。

ヒトにおいても、同様の理由で老年期が伸びたという考えは出来ます。

文化の伝達にも役立ったでしょう。

ただ、やはり、他の哺乳類、霊長類との差が大きすぎますよね。


やはり、仮説どまりです。



他にも仮説は色々あるでしょうけど、私が講義で聞いたのはこの二つです。



ちなみに、この「ヒトの老年期の発見」は1980年代くらい(定かじゃないですが・・・)らしいです。

どれだけ多種との比較が行われてこなかったかがわかりますよね・・・老年期があるのは実はヒトだけだった、とか・・・こんなこともわかっていなかったんです。


科学的な人類学は、まだまだ発展途上の研究分野なので、今後の研究に期待です。


posted by new_world at 16:39| Comment(7) | TrackBack(0) | 生態の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は、長老説に一票。
人間は遺伝子だけでなく、ミームを後世に伝えることで生存圏を拡大してきた生物なので。
(・・・ちょっとドーキンスかぶれ)
Posted by M.M@fujun at 2006年04月16日 17:32
M.M@fujunさん
私、ドーキンスの本は読んだことないんですよね。有名なのでいつか読みたいなぁとか思っていますけど。

ミーム、文化の盛衰を進化に見立てたときの遺伝子の役割をするものですか。なかなか面白い言葉ですね。文化も消えるものの方が多いですしね。

大規模で複雑な社会を形成する場合には、多くの知識を蓄えた個体が必要ですから、長老説はなかなか面白いです。生殖期間を短縮してでも寿命を延ばそうとしたんですかね。人の生殖可能年齢って、チンパンジーとかと変わらないんですよね。勿論、チンパンジーには老年期がないので、寿命も40〜50歳ですけど。
Posted by new_world at 2006年04月16日 19:32
こんばんわ。
難しいことはわかりませんが、人間はここでいうところの「老人」になってから
やっと自分自身の楽しみを見つけたりしているんじゃないかと思います。
この「楽しみ」というところが他の動物にはない点じゃないかと。
脳味噌が発達した分だけ、生きることになったといえばいいのか…。
全くの素人考えて申し訳ないです(汗)。
Posted by santa at 2006年04月16日 22:04
哺乳類が生殖能力を失ったら、生きる理由が無いというのは、単なる経験上の仮説ではないでしょうか?

哺乳類の寿命が生殖能力と関係するのは、事実だと思います。しかし生殖能力が無くなったことが、死の原因には直結する証拠はないと思います。

ところで人間は幼児成熟(ネオテニー)だと思います。このことが、大脳や骨の関節に大きな影響を与えていて、それが長生きの秘訣になってるのではないでしょうか?

あと話は大きくズレますが、細胞分裂で増える動物(こちらのブログでもゾウリムシを取り上げていたと記憶しています)には、老年期はありません。だから死の問題というのは複雑なのではないでしょうか?

生殖能力が無くなってから、死ぬまでの期間がどれだけ長くなるかは興味が在ります。
Posted by おおくぼ at 2006年04月17日 21:16
santaさん
進化のどの過程で『老人』という段階を伸ばしてきたのかは分かりませんが、人間で顕著に見られる特徴ということからも、人間のほかの秀でた能力と関係がある可能性はありますね。

『長老説』も、人の場合、脳の発達によって他種よりも長老の重要性が増したのかもしれません。



おおくぼさん
こういったものは全て仮説の域を出ないでしょうけど、生殖能力を持たない個体が生きていることがプラスに働くことが少ないんだと思います。子育てなどで生きている可能性はありますが。

確かに人は霊長類の中でも長生きですね。その原因が何なのかは知りませんが、近縁のチンパンジーと比べると、青年期が10年ほど、老年期が25年ほど長いです。

以前、寿命の話でも書きましたが、細胞分裂のみで増殖する生物には基本的に寿命はないですね。寿命があると絶滅しちゃうんで。ただ、ゾウリムシなどの高等な単細胞生物になると、「接合」という受精のようなDNAの交換を行わないと死んでしまいます。

あと、理由は忘れましたが、ゾウリムシには死ぬ前に老年期というか、細胞増殖が出来ない時期があったと思います。
Posted by new_world at 2006年04月19日 12:58
▼o・_・o▼コンニチワン♪
犬の生理は死ぬまであるそうです。
ということは犬は老年期がないことに成りますね。
Posted by むっち at 2007年10月04日 10:05
むっちさん
犬も群を作る動物ではありますが、やはり、老年期はないんでしょうね。

老年期の獲得というものが人にだけ与えられているというのが、老年期の使い方の“難しさ”をあらわしているのかもしれません。
Posted by new_world at 2007年10月08日 14:06
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