2006年07月17日

教育学部に理系枠?

うちの大学が次の入試から後期試験を全面的に廃止することは聞いていましたが、教育学部に理系枠ができるとは知りませんでした。
文系学部の理系枠というものは上手く行くんでしょうか。

去年か一昨年、総合人間学部の理系枠を減らして理学部に組み込んだばかりなのに、性懲りもなく・・・と思わなくもないですが、総人と違って教育学部には教育と言う明確な目的があるので上手く行くかもしれません。(まぁ総人は文系じゃないらしいですけど)

それに、理系の人間としては、教育学部が完璧な文系学部だったことに多少は疑問を感じてはいたので、いい傾向だと思います。


技術立国とか言っているくせに、理系の初等教育っておざなりでしたからね・・・小学校の先生とか、なかなか理系出身はいないと思います(実際どうなのかは知りませんが)。

科学技術で食べていこうと思っているくせに、最初に子供の教育を行う人が科学を知らないなんてお話になりません。

最近は改善されているのかもしれませんが、私が小学生をしていた頃は丸暗記の算数を押し付ける先生ばかりだった気がします。

勉強にしても運動にしても、最初に習う相手がかなり重要だと思います。

中1の頃の英語の先生が嫌いだから英語が嫌いになった、というような人は結構います。

そして、一度嫌いになったものって中々好きになれないんです。

これは、生物の本能としては正しいです。生物の自然な生活において、一度拒絶したものが後に必要不可欠になることってそんなにないと思います。

だから、初等教育を行う人が重要なんですよね。

小学生に『算数や理科は嫌い』と思われちゃうと、それを『好き』に変えるのはかなり難しいんです。

嫌いな食べ物は、努力で食べられるようにはなっても、好きになることって中々ないですよね。(成長して好みが変わることはありますが)

セロリとかイチゴとか、私は絶対に好きになれない自信があります。

特定の食べ物が極端に嫌いになる原因の多くは、幼児期の拒絶反応にあると言います。幼児期に嘔吐などを起こしたことのある食べ物は、大人になっても駄目な場合が多いようです。


やっぱり、理数科目が好きな小学校の先生って必要だと思います。そもそも、小学校や中学校の理科や数学のどこが難しいのか私には分かりません。きっと、教わり方が悪かったんでしょう。

まぁ小学校や中学校の数学のどこが面白いのかって聞かれても答えられませんけどね・・・確かに、ある程度高度にならないと数学は面白みがない気はします。

でも、数学って歴史と組み合わせて教わると、かなり面白いんですよね。

既知数の記号化とか高次の数式とか、私達は当たり前に小学校とか中学校とかで習いますが、歴史的に見れば実は凄い発想なんですよね。でも、小学校とか中学校の先生も気づいてないかもしれません・・・私は、そういったものを「これはこうなんだ」と押し付けられて育ってきた気がします。


ほんと、理数科目が好きな小学校の先生が増えて欲しいです。


ただ、うちの大学の教育学部を出た人が学校の先生になるのかはかなり怪しいんですけどね・・・

うちの教育学部は教員を養成する学部じゃないと聞いたことがあります。実を言うと、教育学部が何を学ぶところなのか、私は知らないんですよね・・・。まぁでも、きっと、何らかの形で、教育に携わる職に就くんだと・・・期待します。




あと、これとは全然関係ない話ですが、うちの理学部の定員って311人なんですよね・・・学科がないのに中途半端な数字です。(ちなみに素数)

私が入学した時も、301人(前期271後期30)と妙な数字でした。(これは辛うじて7で割れます。7×43)

10人増えたのは、上に書いたとおり、総合人間学部という、教養学部?みたいないまいち目的がよく分からない(ある意味一番大学らしい?)学部の理系枠が減ったからだと聞いています。


この微妙な定員は、学科があった時代の名残?と考えたこともありますが、教官の話からは、どうも昔から学科はなかったような雰囲気・・・

今は3回生進級時に専攻に分かれなくてはいけませんが、以前は“無所属”という専攻に属さない学生が結構いたと教官がたまに話しています。

なんで、301だったんでしょうね・・・何か理由はあったはずですが。

確かに専攻に定員はありますが、希望通りに専攻は選べるので、定員通りの専攻はありません。私の学年では、生物系や化学系は定員割れしてますし、数学系や物理系は定員オーバーしています(地学はどうだったかな・・・)。

でも、人数調整はありませんでした。定員と言いながら目安でしかないんです。

それなのに、総数は301人(専攻の定員は数57物93地34化62生55→来年から地+10)・・・

(どうせ守られない)専攻の定員を決めて、総数を決めたんですかね・・・総数を決めて専攻の定員を決めるのが普通だと私は思いますが。


posted by new_world at 06:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 京都の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おひさしぶりです。

私はじつはその目的のわからない総人にいるのですが、
理系に変わってみて、理学部だったらなぁと思うことが多々あります。
何しろ先生の数やらカリキュラムが中途半端なので、
文系の人が理系の教養つけるにはいいけど理系の人にとっての専門という意味ではちょっと寂しい……。

思いつきで気軽に理転さしてもらえたことだけはよかったと思いますが。

ところで理学部って面白いですね(笑)
専攻の定員もなんだか中途半端な数字で。
なぞだ……
Posted by 小波 at 2006年07月18日 01:30
小波さん
総人の方でしたか。しかも、理転なんですね。
一応、やってることは理系なんですよね?全然知りませんけど・・・。

将来、文系側の就職をする予定であれば理系の知識を持った文系としてプラスになりそうな気もしますが、理系だとどうしても研究・開発の方になってしまうので、いまいち文系側の知識は生かしづらいですよね。私の感覚では、ですが。

文理分けの根本(明治政府?)は「官僚」と「技術者」だったらしいですので、科学技術が身につくのであれば理系なんでしょうね。
Posted by new_world at 2006年07月19日 06:55
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