2006年10月22日

色か形か

私達ヒトの網膜には光のセンサーの役割をする細胞が2種類あります。片方は明るい時に働く錐体細胞、もう1つは薄暗いところで働く桿体細胞です。更に、錐体細胞は3種類あって、それぞれ異なった波長帯の光に強く反応し、その情報の組み合わせで私達は“色”を見ています。

暗くても形は見えるように形だけを見るのであれば1種類でもいいのですが、色を見ようとすると複数の情報が必要になります。まぁ言ってみれば、座標のようなものですかね。

ただ、その3つの錐体細胞の分布はちょっと偏っているんです。そもそも、その数自体も、6割が赤で緑3割、青1割と偏っています(理由は知りません)が、更にその分布も偏っています。

中心窩という部分に、青の錐体細胞が殆ど見られないんです。

私達霊長類の視野は、中心部だけ極端に鮮明に見えています。私達にとっては当たり前のことですが、他の動物にはない機能です。

これを可能にしているのが中心窩という部分で、ごく狭い範囲に多数の視細胞が極端に集まっています。

その視覚の中心とも言える部分に青の光感受性の錐体細胞が殆ど見られないんです。青はもともと少ない細胞ではありますが、中心窩には殆どありません。


その理由として考えられるのが形態視、形を見る能力を高めるためです。

色をしっかり見るのと形をしっかり見るのは両立しないんです。

理由は光の屈折。光は、水や空気、ガラスなど異なる屈折率を持つものの間で屈折します。それを利用して私達の眼やカメラのレンズは光を集めています。

ただ、この曲がり方が光の波長によって違うんです。

たとえば、です。あれは、光が水滴と空気の間で屈折することでできるものです。プリズムも同じです。波長の長い赤い光と波長の短い青い光は同じように曲がってくれないんです。

それで、眼でも、プリズムのようにレンズを通すと色がばらけてしまうんです。

眼と同じレンズの仕組みを利用しているカメラや顕微鏡などでも同様の問題があり、色収差とか言われているみたいです。

ある狭い波長域の光だけしか利用しないのであればそこまで問題ないのですが、それでは色がうまく見えません。

しかし、色をしっかり見ようとすると、どうしても屈折の違いから色によって像がずれてしまいます。

勿論、私達の目は色々と対策を立てていて精一杯そのずれを補正して入るのですが、やはり、限界があります。


そのため、中心窩においては緑と赤という近い吸収波長の錐体細胞を集めているんだと考えられるんです。

また、2色性の新世界ザル(→以前の記事)においても中心窩は出来ているようで、調べていませんが、たぶん、その中心窩は1種類(赤)の錐体細胞で出来ていると思います。その赤から緑が分かれたことで二種類の錐体細胞が中心窩にあるとも考えられます。

この場合も、中心窩の形成段階で、一種類の錐体細胞が用いられたのは色収差の問題があったと考えられます。中心窩は特に像が鮮明になるので、色収差が問題になるんでしょう。


ただ、視界の中心でもしっかり色は見えている気はするので、いろいろと他の仕組みでカバーしているんだと思います。


posted by new_world at 00:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 生命の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「色をしっかり見るのと形をしっかり見るのは両立しないんです」という事実は面白いですね。常識では逆なんですけど。

確かにプリズムに透明な光を通すと虹が発生します。でも映画で、白黒と天然色を比較すると、天然色の方が形がはっきり認識できる気がします。これはスクリーンと眼の間に距離があるからだと思いますが・・・・

逆に、形の認識を強める能力とは? という疑問が出てきます。例えば耳にある三半規管は、立体を認識にするのに必要です。世界が平面にしか感じられなければ、2足歩行は困難になりますし。
Posted by おおくぼ at 2006年10月22日 18:30
こんにちは。
この記事ではなく、10月17日の近況報告の「成長か退化か・・・」についてなのですが、はっ!と思うことがありました。
生物学でいうと退化は進化の反対ではなく、進化の一部(側面?)・・・ということに、以前、へぇ〜!と思ったことがあるので、つい反応してしまいました。
それだと、成長ではなく退化しているとしても、new_worldさんは進化している、ということですね^^  
この考えは変でしょうか(^^;)
Posted by リソナ at 2006年10月23日 01:24
おおくぼさん
言われてみれば、確かに動物の目もレンズなのでプリズムと同じことが生じるのは理解できますが、なかなか気付きませんよね。私も、「眼がレンズ」で、「屈折で光が波長ごとにばらばらになる」という両方の事実を知っていましたが、それをつなげたことはありませんでした。

白黒の映像はぼやけた感じに見えますが、たぶんそれは、境界が曖昧になるからだと思います。やはり、色があったほうが境界は多くなってはっきりするので、形態視にも重要なんじゃないでしょうか。言われるまで考えもしませんでしたが。

あと、青色の視物質が排除されているのに何故中心でも色が普通に見えるのかは(教官は)よく分からないそうです。

3次元の世界で生きる身としては、3次元の把握は感覚においてかなり重要ですよね。耳も目も左右の情報の違いから位置情報を作っています。形態視の場合、入力のセンサーを密集させて細かく情報を得るのも重要ですが、3次元の世界の場合は、その後で対称の立体的な配置の情報も付け加えないといけないんですよね。私は知りませんが、神経回路が頑張っているんだと思います。
あと、前方ではなく左右に目のある生き物だと立体視が出来ませんが、遠近感がないと障害物の回避とかで困ることが多いですよね。なので、たぶん、ある程度立体配置をとらえていると思います。どうやってるんでしょうね。物の大きさの変化やピントのずれから把握してるんでしょうか。他の感覚器官を使っている可能性もあります。
そういったものも面白そうです。
Posted by new_world at 2006年10月28日 16:59
リソナさん
退化は、進化の一部といえますね。あったものがなくなる方に進化することを退化といっているので。
まぁ進化と退化を並べて書く場合は普通、能力の付加が進化、能力の欠損が退化、という感じですが、私の場合、それが能力の欠損なのか付加なのかは微妙なあたりです。
現実の非現実の境界が強くなった、とも言えますが、科学的な感覚が薄れた、とも言えます。
まぁ意図したことではないので、どうしようもないんですけどね・・・。
Posted by new_world at 2006年10月28日 17:04
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。