2008年03月20日

危ない阿蘇

先週、研究室の友人を連れて阿蘇の火口に行ってきました。

熊本市街から車を走らせ2時間くらい、道を間違え遠回りしながらも何とか閉鎖時刻(午後五時)1時間前というギリギリの時間に阿蘇の火口下側の駐車場までたどり着き、最終の昇りロープウェーで火口まで行きました。

3月という時期が悪かったのか火口周辺もあちこち工事されていたのですが、何とか無事火口を拝むことが・・・

が。

私たちが火口を見下ろした途端、警報が・・・強い火山ガス発生のために今すぐ退去しろと。

5秒間くらいしかまともに見られませんでしたね。

写真1枚分の阿蘇でした。(警報が出る直前の阿蘇です)

阿蘇火口(危険な状態)






というか、あの状況はありえませんでしたね。

警報って結構ギリギリで鳴るんですね・・・もちろん、死者が出るぎりぎりではないですが。

火山ガスの臭いどころか、警報が鳴ったときには私を含め殆どの人が咳き込んでいましたから。

あれは体に悪いです、絶対。健常者の私の体でもかなりSO2(いわゆる亜硫酸ガス)とかを認識していて、かなりゴホゴホいってましたよ。喘息もちの人とかなら普通に命にかかわると思います。



ただ、友人はそんな中、写真をとるのに熱中して警報に気付いてなかったっぽいんですよね・・・

火口周辺の工事をしている人に怒鳴られて駆け下りてきていました。

危ないです。




閉鎖された阿蘇火口


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2008年03月05日

ひともじのぐるぐる

ひともじのぐるぐる・・・というものをご存知ですか?

まぁ殆どの人が知らないでしょうね。私も実物は見た事がないですが、実はこれ、熊本の郷土料理の名前なんです。料理の名前には見えませんよね。

ひともじというのは、“ネギ”のことで、熊本では、小ぶりのネギ、薬味ネギより若干太い程度のネギのことをひともじと呼び、スーパーでも「ひともじ」として売ってあります。なんとなく、他の地域での「わけぎ」が近いですかね(たぶん、わけぎの一種だと思います)。

ひともじは薬味用のネギより根の部分が太く、これは、ひともじのぐるぐると関係があります。

ひともじのぐるぐるというのは、湯がいたひともじの白い部分を軸にして葉の部分をぐるぐると巻いただけの料理です。それを酢みそなどで食べるそうです。


まぁ見たまんまの名前なのですが、とてもユニークな名前ですよね。


ところで、この“ひともじ”という呼び方、実はネギの“ていねい”な呼び方だそうです。

女房言葉の文字詞(もじことば)に分類されるものの一つで、室町以降、宮中や武家の女性の中で隠語のようなものとして使われていた呼び名が広まったものだそうです。

同じ文字詞の中で今でも残っているものとしては、「ひもじい(ひだるい)」や「しゃもじ(しゃくし)」など。

ただ、なんで「もじ」なのかは知りません。当時の上流階級の女性方には奥ゆかしい音に聞こえたのかもしれません。


ちなみに、なぜネギなのに“ひともじ”なのかというと、昔、ネギの事を葱と書いて“キ”と呼んでいたからだそうです。“一文字”ですよね。

まぁ今では葱をネギと読みますが、はじめは根葱と書いてネギと読んでいたようです。


余談ですが、“ふたもじ”は“ニラ”です。

ニラは平安時代までは“みら”、それ以降に音が変化して“にら”となっていったたそうです。

昔から“二文字”です。
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2007年09月13日

熊本城


熊本城天守閣先月、熊本城に行ってきました。

熊本城は、大阪城、名古屋城とともに三名城と呼ばれることもある(特に石垣が)優れたお城らしいのですが、まぁ大阪城や名古屋城に比べると知名度はいまいちでしょうね。三名城という呼び方も、熊本城の周りでしか聞かない気もするので、三名城の指定は事実だとしても、それをことさら主張しているのは熊本の人だけではないかと疑ったりもしています。まぁほかに比べると立地がいまいちですしね。権威付けが必要なのかもしれません。

ただ、熊本城は江戸時代に建てられたお城ですが、実は、厳しい実戦(籠城戦)を経験しています。

明治時代の日本最後の内乱、西南戦争です。


堀の石垣熊本城は、西南戦争のとき、鹿児島から北上してきた薩摩軍を撃退しています。まぁ撃退というか、包囲されたが篭城しきった、って感じですけどね。やはり、石垣が決め手だったようです。



もともと熊本城の役目に薩摩のお目付という面があって江戸時代から南の方に防御を固めた構造になっていて、しかも、城攻めには10倍の兵が要ると言われているのに薩摩軍は熊本城の兵隊の3〜4倍程度しかおらず、まぁどんな城でも攻め落とすのは困難だったようです。

薩摩軍は一月以上にわたって熊本城を包囲し、水攻めなども行いましたが、結局落とすことができず、その間に政府軍が到着、城東会戦という熊本市東部で行われた関ヶ原以来最大の野戦(両軍併せて約4万人)の後、熊本中心部から薩摩は撤退していくことになります。

私の実家のあたりは、城東会戦の時は薩摩軍の前線の陣地だったそうです。



と、話がそれました。


天守閣本題の熊本城ですが、熊本城を築城したのは加藤清正という名古屋出身の(秀吉の親戚の)戦国武将で、清正は築城能力、特に石垣を積む能力に長けいて、名古屋城や大阪城の石垣も清正が積んだと言われています。(もちろん、本人が積んだのではなく、彼の指揮の下、です。)

清正の石垣は、名古屋城の天守の石垣や熊本城の武者返しと呼ばれる反った石垣など、石垣の曲がり具合が綺麗だそうです。(私にはいまいちその美しさはわかりませんが・・・)

清正の話として比較的有名なのが、口の中にこぶしを入れるという話ですかね。清正は口が大きく拳が口に入ったそうで、それを聞いた(同じく口の大きかったらしい)新撰組の近藤勇が口に拳を入れて「自分も清正のようになりたい」と話していたそうです。

まぁ清正の話というよりも近藤勇の話ですけどね。

優れた武将だったそうですが、豊臣方の武将だったためか、加藤家は2代で終わっています。(関ヶ原の戦いでは西軍大将の石田三成と不仲だったため徳川方に付いていたようです。)

清正自身も比較的若くして急死しており、徳川による毒殺という噂もあるとか。


とはいえ、徳川の時代に立てられた(徳川家以外の)城で、しかも、遠方の九州の城なので、あまり大きなものは作れなかったようですが、清正の傑作の一つとして、江戸時代に三名城の一つと呼ばれるようになったそうです。




清正像と天守閣ちなみに、加藤家改易の後、熊本城には室町の管領家傍流の細川氏が入り、幕府がなくなるまでずっと熊本城にいたのですが、いまだに熊本城は“清正の城”という風に呼ばれることが多いようです。
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2007年01月21日

第二のふるさと

私がセンター試験で玉砕して京大理学部に受験校が決まったのが3年前の1月中旬、そして、合格が決まったのが3月初旬、引っ越したのは3月下旬。

あと2ヶ月で京都3周年ということになります。続きを読む
posted by new_world at 07:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 熊本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

私の出身高校ではクラスを組ではなく室と呼んでいました。

1年1室とか2年6室とか。学級委員長は室長です。

こういう呼び方をしているところは他にも結構あるみたいなんですが、やはり、少し変ですよね。
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2006年06月23日

われわれは時間に支配されているようだ

英国オックスフォード大学の出版局が、新聞や雑誌、小説における名詞の使用頻度についての調査を行ったそうです。

最頻出単語は Time 

それに、Person Year Way Day と続くそうです。

上位5名詞のうち3つが時間をあらわすもの。

調査を行ったオックスフォード大学出版局は次のようにコメントしています。


われわれは、時間に支配されているようだ
posted by new_world at 17:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 熊本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

女子大の名のまま共学化

中京女子大が大学名を変更せずに共学に変わるそうですね。

女子大 生なのに男子学生、ですか。

文科省としては、「受験生が混乱しないように適切な募集を行えば制度上の問題はない」とか。

そういえば、奈良女子大付属高校出身の友人がいますが、男です。奈良女子大の付属高校は共学だそうです。

最初は聞き間違えたのかと思いました。


あと、私の実家のある熊本には「共学の女子高」ってのがあります。

戦後、二つあった県立の女子高が統合されて“県立女子高”という高校が出来たそうですが、それを“第一高校”を改名して共学にしたそうですが、殆ど男子が入学せず、この30年は一人も入学した記録はないそうです。

一応、今も“共学”ということにはなっているようですが。
posted by new_world at 22:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 熊本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

同じ誕生日

高校1年の時、生徒会の立会演説会にでたのですが、その演説者(10〜15名)の中に同じ誕生日の人が私も含め3人もいました。

私は副会長になったのですが、会長も同じ誕生日で、あと一人は私の応援者。

同じ学年だったので、3人は同じ日に生まれたということになります。

結構珍しいことですよね。

まぁでも、私の友人で同じ誕生日なのはその2人だけですけどね。
posted by new_world at 16:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 熊本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

卒業アルバムに一言

卒業アルバムの余白とかに、クラスメイトに一言書いてもらったりしませんでしたか?

高校卒業のとき、殆ど話したことがなかったクラスメイトに『何か書いて!』って頼んだら、


あんたは偉い



と書かれました・・・


意味不明です。
posted by new_world at 00:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 熊本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

受験

弟の高校入試が昨日だったっぽいです。続きを読む
posted by new_world at 21:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 熊本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月12日

タミフルによる精神異常

インフルエンザの特効薬として需要の多いタミフルによる異常行動が問題になっています。

タミフルは、発症後1〜2日までに飲めば、インフルエンザの症状の悪化を食い止められるという革命的な薬で、インフルエンザウイルスに直接効果のある世界初の薬でした。

日本では特に需要が高く、世界生産量の半数以上が日本向けらしいです。処方の多い大きな病院では在庫切れを起こすくらいに需要過剰な時期もありました。

鳥インフルエンザ由来の新型インフルエンザへの効果も確認され、日本では備蓄を現在の1.7倍の2億5千万カプセル(2500万人分)に増やすことが決まっています。

ただ、この薬は作るのに大変時間がかかり、この薬を独占的につくっている売上世界8位の製薬会社ロッシュ(スイス)の生産力でも、その需要に全然間に合っていないそうです。そのため、海外の複数の製薬会社にライセンスを提供することも計画されています。


ただ、薬というものには副作用がつき物で、このタミフルも様々な副作用が見つかっています。

軽いものでは、まぁ副作用としてはよくある下痢や嘔吐などの胃腸の炎症です。
インフルエンザにかかってもかなりの症状が出ますので、インフルエンザの悪化を防げるという点を考えれば、全体としてはプラスとみていいです。


しかし、重い副作用もごくわずかですが確認されています。

代表的なものとして、アナフィラキシーショックや肝機能障害、腎不全や重い皮膚炎、そして、今問題になっている『意識障害・けいれん』です。

『意識障害・けいれん』とは「混乱・もうろう状態」「取り乱す」「意識低下」「筋肉のぴくつき」「全身けいれん」などの症状を出すもので、『異常な行動』につながります。


そして、その異常な行動の結果、交通事故にあったり、誤って転落したりして死亡するケースがあったのではないかと今問題になっているのです。

体の異常と違い、精神の異常によって死に至った場合、原因が特定しにくいのです。

今回の場合も、厚生労働省は、自殺と副作用のどちらであるか、判断に困ったそうです。

ただ、家族や友人、教師らは、到底自殺するような人物ではなかったと話しており、タミフル服用後の異常な行動だったため、タミフルが原因なのではないかと考えられているのです。



タミフルの需要は、昨年は日本だけで年間約1000万人分だったようです。

重い副作用はまず見られませんが、もしものことがありますので、ご家族がタミフルを服用されている時には、しっかり見ておいてあげてください。



※参考記事『DNAの構造/RNAウイルス

インフルエンザウイルスはRNAウイルスであるため、比較的変異体が生まれやすく、対策が立てにくいウイルスの一つです。
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2005年07月19日

御船町〜日本初の肉食恐竜化石が発掘された町〜

熊本市の南方に位置する御船町。この町は、化石の町です。続きを読む
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2005年07月15日

犬だって寂しいんですね・・・

最近、実家に電話すると実家の犬(カイト)の話をよく聞きます。続きを読む
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2005年05月31日

霧の都

ロンドンではありません。

熊本県の片田舎に人吉という町があります。(一応、人吉『市』です)

自称『霧の都』です。

霧の都と言い張るだけに、年間で100日前後霧が発生するそうです。

昔住んでいたのですが、母曰く『(日照時間が短くて)洗濯が大変だった』そうです。
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2005年03月14日

地下水の街

私の実家のある熊本市は65万人を地下水だけでまかなっているそうです。

地元で聞いた話(信憑性はいまいち)では、地下水だけで水道をまかなっている最大の都市だとか。

それが最大であろうがなかろうが、地下水だけで65万人が生活しているのはすごいと思います。
posted by new_world at 22:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 熊本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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