2008年02月13日

エアコン暖房の“熱”源

寒いですね・・・また積雪です。京都市でこんなに何度も雪が積もるのは珍しいんじゃないでしょうか・・・。

これだけ寒いと暖房とコタツが生命線です。特にエアコンは、暖房というよりも洗濯物を乾かすときに役立っています。最近のお日様はあまり頼りにならないので・・・。

ただ、エアコンの暖房って、外気が氷点下だとかなり効率が下がるらしいですね。

これはエアコンの原理的な問題で、どうしようもない事みたいです。

でも、エアコンって、とても面白い機械なんです。

なんと、暖房時、加えた電気の熱量よりも多くの熱を供給してくれるんです。

電気を100%熱にかえた場合よりも多くの熱を部屋に供給する事ができるんです。続きを読む


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2008年02月09日

みぞれとあられ

この冬、京都は雪ばっかりです・・・何度積もれば気が済むんですかね。京都にきて4回目の冬ですが、こんなに何度も雪が積もるのは初めてです。まぁ積もると言っても翌日には溶けてしまう程度の積雪ですが。

ところで、最近、天気予報で“みぞれ”という天気をたまに見るのですが、“みぞれ”と“あられ”の違いってご存じですか?

まぁ何となく「あられ」の方が固そうなイメージはあると思いますが、「みぞれ」というのは「雨や雪が混ざったもの」で、「あられ」というのは「降下中に上昇気流にあおられて何度も上下して比較的大きな(2-5mm)氷の固まりになったもの」だそうです。

しかも、「みぞれ」の途中であられが降っているときは「あられ」の状態という定義らしく、「みぞれ」と「あられ」は全くの別物と言うことになります。

ちなみに、似たようなものに「ひょう」がありますが、これは「あられ」が強力な上昇気流によって更に巨大化したもので、定義としては5mm以上のものが「ひょう」と呼ばれているそうです。

この「ひょう」の形成には“強力な上昇気流”が必要なのですが、「ひょう」ができるほどの上昇気流は積乱雲を作るレベルだそうで、「ひょう」は積乱雲が形成される夏期(特に初夏)に確認されることが多いようです。
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2008年01月05日

海軍カレーの情報公開

昨年、イージス艦の情報漏えいなどの不祥事を起こしてイメージダウンが否めない海上自衛隊・・・この年明けからイメージアップのために面白い試みを始めたそうです。

それは、レシピの公開。

海自が全国の基地・艦艇に保有する“極秘”レシピは、現在全国に約1000名も配置されている調理師資格を持つ隊員によって維持されているそうですが、それを毎週火・金曜に1品ずつ公開するそうです。2年間で、60種のカレーを含む200種類の料理のレシピ集をまとめる予定だとか。

ちなみに、1月1日の第1回目は音響測定艦(=潜水艦の探知をする艦艇)「ひびき」の“ひびきカレー”、1月4日の第2回目は潜水艦「あさしお」の“唐チリボンバー”。

本来は100食分以上をまとめて作るため細かな分量などは決められていなかったそうですが、一般公開するために4人分の分量を計算したそうです。


料理は作っていないので美味しいかどうかはわかりませんが、そのHPのデザインが何ともいえませんね・・・まるで、普通のレシピ集です。

参照HP:海上自衛隊ファミリーページ
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2008年01月01日

年越しそば

年が明けましたね。昨年5月に祖母がなくなったので、この正月は喪中で、年賀状もあけおめもなしです。まぁ亡くなったのは母方の祖母で帰省先とは違うので、おせち料理はするみたいですが。年越しそばも食べました。

そう、年越しそばについて、私の家では間違った風習が伝わっていました。

例年、年越しそばを年を越してから食べていたんです。

年越しそばは年を越す前に食べるもので、そばを残して年を越すと“縁起が悪い”とか、“金運がなくなる”とか言われているそうです。

ダメダメですね・・・これから挽回です。
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2007年12月24日

クリスマスの位置

明日はクリスマスですね。

そういえば、去年、クリスマスの位置について書いた事がありました。

クリスマスって、一応、キリストの誕生日って言う事になっていますが、聖書にはキリストは夏に生まれた描写がされているそうです(私は読んだ事がないのでよく知りませんが。)

詳しくは次の記事を。

クリスマスの位置(2006年12月24日の記事)

1月1日が今の位置にある由来(2005年12月16日の記事)


つまり、クリスマスは「これからはお昼がだんだん長くなりますよ」っていうお祭りとも言えるんです。
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2007年12月18日

神戸ルミナリエの危機

今年の神戸ルミナリエが昨日閉幕したそうですね。

今年の来場者は12日間で約404万人(のべ)で、昨年よりも60万人ほど少なくなっているそうです。

昨年よりも2日間短くなっているので一日あたりの来場者はかわっていないそうですが、行きたいと思う人は期間内に行くでしょうから、期間短縮だけが来場者減少の理由ではないでしょうね。

もう始まってからかなり経ちますからね・・・あの震災からもうそろそろ13年になります。

とはいえ、相変わらずかなり大勢の方が押し寄せているようですね。

始まって10年ほどはクリスマスに行われていたそうですが、あまりに大勢の来場者が来るため、近年は時期を前倒して開催しているそうです。

ただ、このルミナリエ、料金をとる訳ではないので、必ずしも大勢の来客が開催者側のプラスには働かないみたいです。もちろん、たくさん来た方が経済効果は大きいのでしょうけど、開催者側の懐はあまり暖かくなっていないようです。

あれだけの規模なので設備費用や電気代もかさむと思いますが、実は、人件費もかなりかかるそうです。

2001年に、明石の歩道橋で花火大会の客が転倒して11名もの死亡者を出す惨事がありましたよね。ああいった事態をさけるために大勢の警備員を配置しなければならないので、その人件費がかなりかかるそうです。

それなのに、企業からの協賛金は年々減少しているそうです・・・

10年以上も続けているので協賛企業の関心の低下もあるのでしょうけど、中心的な協賛企業であるJR西日本が2005年に起きたJR福知山線の事故の影響で大打撃を受けたり、兵庫県や神戸市からの補助金が2005年に打ち切られたりしたことも大きいようです。

開催費用が6億円かかるのに、去年はその半分にも満たない2億8千万円しか協賛金が集まらなかったそうです。

開催者側もいろいろ手を尽くしたようですが、2005年からは赤字となり、去年までの2年間で7000万円以上の赤字がでているそうです。

それまでの収益金である繰越金も残り1300万円・・・普通に考えて、去年までのままだと確実に今年でマイナスになります。


それで、今年は会場での募金活動などを本格的に行って一生懸命資金集めに精を出しているそうです。

赤字を押さえ込み、来年以降にルミナリエをつなげるためには1億円程度の募金が必要だそうですが、現在発表されている8日目の段階で募金額は約4795万円。8日までの来場者は全体の6割程度なので、うまくいって ギリギリって所でしょうか・・・。

そもそも、ルミナリエはただのお祭りではなく、阪神大震災における6千人を超える死者に対する追悼や街の復興が背景にあるのですから、募金するのは当たり前のような気はします。

今年はサブプライムローン問題で経済が減速気味な上に原油高のあおりで物価は確実にあがっていて(電気代も上がり)お客さんや協賛企業の財布のひもは厳しくなって、運営側にとっては泣きっ面に蜂な状況かもしれませんが、なんとか運営資金を確保して、来年もこれまで通り開催できるといいですね。
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2007年12月11日

ロシアの大統領

プーチンさん、3選はしないんですね。強引な方だと思っていたので、その圧倒的な支持を背景に3選可能に憲法を改正するかと思っていましたが、ちゃんと後継を指名しましたね。まぁ指名されたのがかなり若い方だという事ですし、プーチンさんの傀儡なのかもしれませんが。(というか、プーチンさん本人も、政界から退かない事を明言しているそうですね・・・)

ところで、どうでもいい話ですが、旧ソ連時代を含め、ロシアの指導者は髪の毛が薄い人と薄くない人が交互になっているそうですね。確か、初代ソ連最高指導者のレーニンさんあたりからそうだという話だったと思います。

プーチンさんが大統領に決まった頃にテレビで知って衝撃を受けた記憶があります・・・(笑)

今回の方はまだ42歳という事で、まだ髪の毛は薄くないようですね、まだ。

ジンクスは守られたのでしょうか・・・
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2007年11月18日

光のビタミン −ビタミンD−

以前、ビタミンの話をいくつか書きましたが、一つ、書き忘れていた物がありました。

ビタミンの中の変わり種、ビタミンDです。

どう変わっているかというと、このビタミン、ビタミンなのに体内で合成できるんです。

ビタミンの語源は vital amine = 生存に必須なアミン であり、本来は摂取する必要のある=体内で合成できないアミン(実際はアミンだけではなかったのでvitamine は vitaminと改名されました。)をさしていました。

しかし、このビタミンDは、摂取する必要はあるのですが、体内でも合成でき、しかも、どちらか片方が欠けると、多くの場合不調が生じるんです。

もちろん、多く摂取すれば体内で合成しなくてもいいのですが。


この摂取が必要かつ体内合成も必要という特徴がビタミンDの特定をかなり難しい物にしたそうです。

しかも、体内合成をするために必要な物がまた意外な物で・・・


ビタミンDを体内で合成するのに必要な物は、紫外線、つまり、“日光”です。


日光の不足でビタミンD不足が引き起こされるんです。


ビタミンD不足によって生じるのはカルシウム代謝の異常による成長不良や骨格異常、“くる病”と呼ばれる病気です。

特にカルシウムを多く必要とする子供においてその症状は顕著に表れ、極端に日照不足の地域において、くる病が多く発生しました。

“極端な日照不足”なんていう環境は自然に生活していればほとんどあり得ないのですが、人類史上、ある時期においてその状況が長期間続いたことがありました。

産業革命期です。

産業革命期は今と違って“環境問題”なんていう概念もなく、都市部の空は年中煙に覆われていたそうです。

その地域において、子供を中心にくる病が蔓延したんです。

“蔓延”という表現は原因が分かっている今となっては正しくはないですが、当時はきっと、蔓延していると考えられたと思います。まさか、日照不足が原因だとは考えるはずもないですから。


ただ、日照不足が原因ですから、日光に当たる環境に移れば回復します。

つまり、都市部から離れれば回復するんです。

大勢のくる病患者がいましたから、郊外に移り住むことになった子供もいたようで、そういうところから「くる病の治療」例がちらほらと出るようになったようです。

また、ビタミンDは食品からも摂取可能ですので、ある特定の食品を多く与えた場合にも回復が確認された事例があったようです。

ただ、そこから原因を究明できる人は、結局、20世紀まで現れませんでした。


20世紀になり、ビタミンという概念が浸透して行くにつれて、ビタミンDという存在が明らかになっていきます。


ビタミンDの同定につながった研究は他のビタミンの研究やくる病の研究の他にもう一つありました。

それはコレステロールの研究です。

実はビタミンD、皮下に蓄えられたコレステロール(7-デヒドロコレステロール)に紫外線があたることで作られるんです。

これは皮下に限らず他の生物、まぁ、食品に対しても同様で、紫外線を当てた食品の摂取によってくる病の治療も行われました。(ただ、紫外線照射で食品の風味が損なわれるので、親物質である7-デヒドロコレステロールが同定されてからはそこからビタミンDを合成するようになったようです。)

干椎茸などにビタミンDが多く含まれているのも、日光により合成された結果です。



20世紀前半のビタミンD体内合成システムの解明によりくる病は治療可能になり、今ではあまり見られなくなりました。

ただ、このビタミンD不足、意外なところで見られるようになっています。

一つは黒人。

国際化により、本来は日光の強い地域で生活していた黒人が日光の極端に弱い地域にまで移住することが見られるようになりました。

黒人は紫外線を防御するメラニンが多く分泌されており、皮下にまで紫外線が到達しにくい構造になっています。

そのため、ある程度の光量がないと日光不足になるんです。

もちろん、食べ物からも摂取可能ですし、極端に日照が少ない地域に行かなければ問題ないのですが、それでもちらほらそういう事例が見られるようになったようです。

これは極地域などに生活する人たちにもみられる現象で、太陽がほとんど顔を出さない時期が長い極地域においては肌が白い人種においてもビタミンD不足が見られるそうです。

そのため、そういった地域では食品からの摂取が重要となり、ビタミン摂取の知恵が自然と根付いているそうです。

生肉を食べるのもその一つだと言われています。



それと、黒人移民、極地域の人たちの他にも、意外なところでビタミンD不足が見られます。

いわゆる“紫外線対策”です。

日焼け止めによる皮膚上での紫外線の大幅なカット、これが行き過ぎるとビタミンD不足になるんです。

特に、最近は子供に日焼け止めをぬる親が増えています。この行為自体はガン予防という観点では間違っていないと思いますが、行き過ぎは禁物です。

日照不足は成長不良・骨格異常につながるんです。

もちろん、食品から摂取するように心がければ問題ないのですが、それよりもある程度日光に当たるように心がける方が楽だと思います。

UVカットガラスでなくても紫外線は半分くらいはカットされますし、室内では明るくして日焼け止めを落とすなどの対策をした方がいいと思います。

もちろん、強い直射日光は肌に悪いので日焼け止めや服などで防いだ方がいいと思います。







今回のビタミンDの話で一応用意していた3つのビタミン(A・B・D)の話は終わりですが、また何かおもしろい話があれば書きたいと思っています。

ビタミン
posted by new_world at 11:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 生命の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

MACBOOK

毎度の事ながら色々と忙しくて、更新が滞っています。

前の更新からもう半月も経ちました・・・今のところ閉鎖の予定はないのですが、あと4ヶ月ほどでたぶんこのブログは閉鎖せざるを得なくなります。就職の影響で・・・最初のひと月はなんか合宿型の研修らしくて、プロバイダーとの契約は解約しないといけないと思うんで。

と、話は変わりますが、最近パソコンを買い替えました。

先代パソコンの悲鳴(パソコンとは思えない音が出ていました・・・)を軽く一年ほど無視していましたが、とうとう新しいものに。

あれこれ悩んだ結果、結局MACにしました。

なんとか持ち運びできる大きさで、そこそこ安い値段(学割もききますし)、新しいOS、WINDOWSとの互換性の向上など、まぁ理由はいくつかありますが、自分である程度スペックを選べるというのが大きかったですね。

今月の初めに買ってそろそろ2週間くらいになるのですが、なんとか普通に使えるようになってきました。

年数的にはMACの使用歴の方が長いのですが、よく使いだしたここ5〜6年ほどはWINDOWSだったので、結構使いにくいものですね。

今まで使っていたブラウザが使えなくなったり、キーボードのキーや変換の仕方とかも微妙に違ったり・・・まぁそのあたりは慣れればどうにかなりますし、パソコン自体には満足しています。



父親がMACユーザーだったので小学生の頃から高校の頃まで実家はMACでした。ただ最近は父の職場もwindowsが多くなったようで実家にも普通にVALUESTARとかvaioとかdynabookがおいてあります。

最初に触れたパソコンはNECの98シリーズだったと思うのですが、最初に使ったパソコンはMacだったと思います。

確か、私が小学生の頃、廉価版のPERFORMAシリーズが出てて、子供用に買ってもらった気がします。

クラリスワークスとか使っていましたよ。

98年には名称変更になっていたようですが・・・。

それから、G4まではMACでした。今ではG4は廃棄されちゃって、そのあと父が仕事用に使っていたPOWER BOOK G3が家のどこかで眠っているくらいです。

確かそのPOWERBOOK、メモリ756MBくらい積んでたんで、使おうと思えばそのままで使えそうな気はするんですけどね。普通に使う場合、windowsの方が便利そうですからね。MACは色々と違うところが多いんで。

そういえば祖母は最初そのPOWERBOOKを使っていたのですが、パソコン教室のパソコンと使い方が違うという理由で自分のパソコンを買いましたね・・・。


最近のMACはソフトを入れればwindowsを平行して動かせるのですが、windowsで十分なら最初からwindowsを買った方が早いですよね。OSを別に買うのがもったいない気がします。

本体にしろ中身にしろデザインはMACの方が断然いいと思いますけどね。


私が以前使っていたMacと違って互換性もかなり増してて、普通に同じデータをやり取りできますし(当たり前ですかね・・・)、マウスや外付けのハードディスクも普通につなげました。それほど不自由なところはないですが、色々なソフトを入れようと思っているならやはりwindowsの方がいいでしょうね。

相変わらずソフトは少ないですし、ウイルス対策ソフトもかなり高いです・・・

昔は研究室にもMACが多かったそうですが、今では殆ど見ませんね・・・(分野によっては健在のところもあるかもしれません)。

ただ、今の研究室で使っているソフトの中には、Macの方が基本で別にwindows用が作られているようなものもあるようで、Mac版の方が性能がいいものもあるそうです。

とはいえ、一般家庭で使われるパソコンに関して言えば、やはり、多数派のwindowsの方が好まれるのかもしれませんね。iPodの影響でだいぶんAppleの敷居は下がっているようですが。


なんか、Macの悪口ばかり書いている気がしますが、普通にいいパソコンですよ。

MACの良さを引き出せるほど私には技術が伴っていないので、正しくその良さを伝える事はできませんが・・・。
posted by new_world at 20:50| Comment(11) | TrackBack(0) | 日常生活(日記) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

クレジットカードの限度額

最近忙しくてここも殆ど更新されてません・・・気付けばもう11月です。

そういえば、クレジットカードの限度額って各月の限度額ではないんですよね。私が一番使っているクレジットカードでは、期間の一月後に請求が来るので、実質2ヶ月分の使用に対して限度額が決められていることになります。

たぶん、どのカード会社にも当てはまると思いますが、「限度額」というのは「クレジットカード会社の立て替え額の限度額」なんですよね。

たとえば、9月1日〜9月30日までの支払が11月1日にある場合、10月中は9月分の支払が行われていないので、請求がまだ来ていない9月分と現在利用中の10月分の二月分をカード会社に立て替えてもらっていることになります。

この場合、(請求日にきちんと払うのであれば)支払限度額は2ヶ月分の支払限度額ということになります。

引き落としとかではなく自分で振込みに行く形であれば、請求書の金額と、振り込むまでの期間以降の使用分の全体が限度額にかかってくることになるんです。


まぁ説明するとごちゃごちゃしますが、最初に書いたとおり、限度額というのは“カード会社に立て替えてもらえる”限度額ということなんですよね。


クレジットカードで複数の高い買物をする場合には少し気をつけた方がいいかもしれません。
posted by new_world at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

市の人口

日本に「市制」が導入された1890年頃、日本の人口は今の3分の1の約4千万人、東京市(今で言う23区?)の人口も140万人くらいだったそうです。

今とは人口の分布傾向や市の面積も違いますし、市同士の合併も多く行われていて一概に比較は出来ませんが、今とは大分違う分布をしていたようです。

その当時の人口のランキングはちょっと“昔”を垣間見れる感じがしましたね。

1位東京、2位大阪はまぁ納得できるのですが、3番は名古屋じゃなくて京都、次に名古屋、神戸、横浜と続きます。

まぁこの辺りまでは今でも日本有数の都市として栄えている都市なのですが、6位の横浜に続く都市は江戸時代を感じさせる順位となっています。(〔〕内は現在の順位)

7位 金沢〔37〕
8位 仙台〔12〕
9位 広島〔11〕
10位徳島〔86〕
11位富山〔40〕
12位鹿児島〔22〕
13位和歌山〔52〕
14位長崎〔38〕
15位福岡〔8〕
16位函館〔76〕
17位熊本〔21〕
18位岡山〔20〕
19位堺〔15〕
20位新潟〔16〕
・・・・・と、今では必ずしも大都市とは言えない都市がある一方、札幌や千葉、北九州などの現在の政令市(の元となった町)は50位にも入っていません。

たとえば、九州の都市人口を見ると、今はダントツで九州の中心である福岡よりも、薩摩藩のあった鹿児島や出島で栄えた長崎などが上位にありますし、北海道も、当時開発中だった札幌よりも江戸時代から交易で栄えていた函館が上位にあります。

1890年当時は21位に福井が入っているのですが、明治以降の近代化・国際化に乗り切れず“裏日本”という蔑称までできた日本海側の都市も、鎖国による国内中心の経済システムや加賀100万石の前田氏の影響などからか、多くが上位に入っています。

他にも、少し前まで琉球王国の王都だった首里(後に那覇市に吸収)や中継貿易を生業としていた琉球王国の要である那覇なども当時は比較的大きな都市だったようです。(まぁ19世紀には貿易を欧米の殖民都市に奪われて衰退していましたが・・・)




やはり、たかが100年とはいえ、日本もかなり変化したようですね・・・
posted by new_world at 15:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

グレープフルーツ

ちょっと薬のことを調べていて見つけたのですが、グレープフルーツは異なる二種の柑橘類が自然交配したことでうまれた植物だそうですね。

1つはオレンジで、もう1つはブンタン(ザボン、ボンタンなどとも呼ばれます)。

そして、どうして柑橘類なのにグレープという名前がついているのかというと、その実がブドウの房のようになるからだそうです。



ちなみに、グレープフルーツは色々な薬の作用に影響を与えることで有名な果物です。

処方される薬の半数の作用に影響を与えるのではないかといわれているくらいで、その影響力も10時間くらいは続くといわれています。

そんなによく口にするフルーツではないかもしれませんが、ジュースなどではよく売ってあるので、薬の服用時には注意書きをよく読んだ方がいいと思います。
posted by new_world at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 生活の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月24日

ビタミンB1〜始まりのビタミン〜

オリザニン・・・世界で初めて単離されたビタミンで、現在はビタミンB1と呼ばれています。

この世界初のビタミンの発見者は鈴木梅太郎、日本人の農学者です。

世界初のビタミンを発見したのが明治時代の日本人だったのは、日本がビタミンB1欠乏症である脚気の最も深刻な国の1つだった事が背景にあると考えられます。

ただ、発見当時日本は日露戦争に何とか勝って先進国の仲間入りをするかしないかという状態の国でしたし、鈴木の発見は日本で発表されたこともあって国際的には認められず、記録上は、翌年のポーランド人化学者の発表が世界初ということになっています。(実を言うと、鈴木が農学者だったこともあり、日本の医学界でもなかなか受け入れられなかったそうです。)

とはいえ、日本人がビタミンを発見してしまうくらいに日本におけるビタミンB1問題は深刻だったんです。



肉食の少なかった頃の日本人にとってビタミンB1の摂取量の多くは穀物からでした。玄米の状態の米には多く含まれるのですが、精米された白米では含有量はかなり減ってしまい、白米の浸透した層においてビタミンB1欠乏症がかなり多く発症しました。

ビタミンB1は肉類や牛乳、麦などに多く含まれるため、それらを多く摂取する西洋人にとって脚気は“見たことのない病気”なのですが、それにもかかわらず、江戸末期から明治期の日本では富裕層から町人まで(白米が浸透していたため)幅広い層で見られたため、来日した西洋人から「日本の風土病なのではないか」と考えられたくらいでした。(実際は東南アジアなどでも見られる病気だったようですが)


これだけ日本人に頻繁に見られた脚気ですので、それについては語りきれないくらい多くの逸話が残っています。

特に陸軍と海軍の脚気対策の違いの話が有名です。


軍人なのに雑穀や玄米を食べさせるわけには行かない、という方針で、軍人は白米が食事として出ていました。しかし、米は用意できても下級兵には副食を充分支給出来なかったため、精米時に失われた分のビタミンB1を摂取することが出来なかったのです。

それで、下級兵の多くが脚気を発症しました。

神経伝達異常が生じて足が動かなくなると兵隊にならないので、軍の上層部はその対応を迫られたわけですが、陸軍と海軍でその対応が大きく違いました。



海軍は、西洋及び西洋人の船で脚気が見られないこと、また、外国に停泊中には脚気が減ること、同じ船に乗船していても下級兵に多く見られること、などから、食事の違いが問題なのではないかと考えました。

最初はタンパク不足が原因と考え、肉類やパンを中心とした洋食が提案されたのですが、兵士の好みや予算の問題で和食に少し手を加える形(大麦を混ぜた麦ご飯など)での対処となりました。しかし、少し手を加えただけでも脚気患者は激減し、日本海軍において脚気問題はビタミン発見の30年以上前の1880年代には解決されました。

このような脚気に対する有効な対策が見つかることが、ビタミンの発見につながったといえます。

その提案を行ったのは高木兼寛という軍医で、その功績から日本の“ビタミンの父”とも呼ばれ、東京慈恵会医科大学の創立者でもあります。(麦ご飯を導入し、のちに男爵として貴族となったことから、“麦飯男爵”と呼ばれたこともあったようです。)



一方の陸軍の対応はかなり違いました。

脚気問題を栄養不足と考え早期に解決した海軍に対し、陸軍は脚気問題を解決できないままに日清・日露戦争に突入してしまい、戦争時の死者の過半数が脚気による死者だったのではないかと言われるほどに深刻化させてしまいました。脚気による死者に加え、脚気になると神経に障害が出ますので“戦死”の原因となった場合も多かったと考えられます。

何故陸軍で海軍のような対策が立てられなかったのかというと、陸軍では“脚気細菌説”が浸透していたからだといわれています。

当時はまだビタミンという概念が未成立の時代でしたし、19世後半はパスツールやコッホらの研究によって細菌学が急激に広まっており、その影響から脚気の原因も何らかの細菌ではないかという考え方が陸軍内に浸透していたのです。

それを“証明する”かのような発表もなされ、陸軍では「脚気は細菌によるものであり、栄養としても和食は充分なものである。また、白米は、士気を保つためにも最適の食材である」という方針の下で白米支給にこだわり続けました。

ただ、上層部はそうであっても、現場の方では麦飯の脚気予防効果への認識があり、戦時外は現場の判断で兵食に麦飯が取り入れられたりしていました。

しかし、戦時には兵食は上層部の一括管理となり、白米支給に一本化され、前述のような悲劇が起こったのです。

もし、陸軍がせめて麦ご飯を導入していれば、大勢の日本人の命は守れたかもしれません。まぁそれによって外国の人の命が奪われたのかもしれませんが・・・。



この逸話が示すようにビタミン発見以前にビタミン欠乏症という未知の存在を認識するのはきわめて難しく、それを当時主流だった病因=細菌という考えに固執してしまったのも無理はないと思います。

ただ、お隣の海軍で脚気対策に成功しているのに陸軍がそれから学ばなかったのは問題でしょうね。





チアミン







ビタミンB1についてですが、ビタミンB1は物質名をチアミンといい、水溶性の分子です。

水溶性のビタミンにはビタミンCなどが他にあるのですが、これらの機能を紹介するのは少し難しいんです。

これら水溶性ビタミンは前回話したビタミンAや今後紹介する予定のビタミンDなどと違って特定の目立った機能があるわけではなく、補酵素として色々なところで酵素の働きを手助けしたりしている分子なのです。

もちろん、欠乏症として脚気や壊血病が発症するように特に重要な働きをしてるシステムは存在します。

ビタミンB1欠乏症の脚気は神経系に異常が生じますし、ビタミンCの欠乏症である壊血病は出血性の障害で、これはビタミンCが組織間の結合に重要なコラーゲンや間充組織の形成に重要なアミノ酸の合成に必要で、ビタミンCの欠乏によって血管に異常が生じることによって出血が生じます。

しかし、水溶性ビタミンはこれらのシステム以外にも様々な場所で酵素活性を助ける物質として働いています。

そのため、不足すれば様々な部分で異常が生じますし、逆に言えば、きちんと摂取することで様々な部分が正常に働くようになる、ということです。


また、規定量のビタミンを摂取していても、一部の組織で過剰に使われると他で足りなくなり異常が生じることがあります。

たとえば、アルコールの分解にもビタミンB1は関与しており、アルコールを多量に摂取する人においてビタミンB1欠乏症が見られることがあるそうです。

他にも、喫煙者においては、喫煙により取り込まれた物質の代謝過程のおいて血液内に酸化ストレスが生じ、それを解消するためにビタミンCが消費されると言われています。

このように、多くの働きをする水溶性ビタミンは、一部の組織で多用されると他の部分で不足するという事態が生じます。



ただ、普通の食生活をしていて、普通の生活習慣をしていれば、まず今の時代にビタミン欠乏症にあることはないと思います。

まぁ最近は“普通”がずれてきている感じはありますけど・・・

ビタミンB1不足が気になる方は、毎日のご飯を玄米や雑穀ご飯にするなどして多めに摂取すればいいと思います。


ビタミン
posted by new_world at 18:25| Comment(5) | TrackBack(1) | 生命の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月23日

ビタミンA〜視覚の要〜

一応視覚を研究している私にとっては最も馴染みのあるビタミンで、栄えある通し記号一番目、“A”のビタミンです。


レチノイド物質名としては、レチノール、レチナール、レチノイン酸などで、レチノイドとも呼ばれます。

私がいつも使っているのはレチナールで、視細胞にあって光を受容している視物質は『タンパク質+レチナール』で出来ています。続きを読む
posted by new_world at 21:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 生命の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月22日

背丈より高い血痕・・・

昨夜(というか、さっき)、夕食を作っているとき・・・ふいに包丁(というか、まな板ごと・・・)床に落としてしまいました。

そのとき、右手薬指を結構深く切ったみたいで、辺り中に・・・

重力方向は勿論、前方に後方、それに大分重力を振り切った辺りにも・・・自分の背丈よりも高い位置の血をふき取るのが大変でした。結局半分くらいは消毒や止血をしている間に乾いてしまってふき取れなかったのですが・・・。

背伸びしてやっと届く位置とか、いったいどうやって飛び散ったのか(たぶん、指先なので動かした際に飛んだのだと思います)、傷口も血だらけだったのでよく分からないのですが、切ったのは指先なのに、結構な量の血が結構な勢いで開放されたようです。

壁が大変です・・・(床は結構すぐ取れたのですが、壁は紙だったので・・・)


そういえば、私、大分幼い時にも、実は多分同じ野菜を独りできっている時に、右手の甲を切って、親をぞっとさせたことがあるそうです。そこを縫った後が今でも右手にあります(成長と共に大きくなって、今では3cmほどに)。


たしか、あれは2歳くらいの時だったでしょうか・・・(全然覚えていません)


キュウリには要注意です。
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2007年09月14日

必須微量栄養素“ビタミン”

ビタミンという概念の歴史は意外と浅く、ビタミンの一つが初めて単離されたのは1910年、ビタミンという名称が生まれたのは1911年です。続きを読む
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2007年09月13日

熊本城


熊本城天守閣先月、熊本城に行ってきました。

熊本城は、大阪城、名古屋城とともに三名城と呼ばれることもある(特に石垣が)優れたお城らしいのですが、まぁ大阪城や名古屋城に比べると知名度はいまいちでしょうね。三名城という呼び方も、熊本城の周りでしか聞かない気もするので、三名城の指定は事実だとしても、それをことさら主張しているのは熊本の人だけではないかと疑ったりもしています。まぁほかに比べると立地がいまいちですしね。権威付けが必要なのかもしれません。

ただ、熊本城は江戸時代に建てられたお城ですが、実は、厳しい実戦(籠城戦)を経験しています。

明治時代の日本最後の内乱、西南戦争です。


堀の石垣熊本城は、西南戦争のとき、鹿児島から北上してきた薩摩軍を撃退しています。まぁ撃退というか、包囲されたが篭城しきった、って感じですけどね。やはり、石垣が決め手だったようです。



もともと熊本城の役目に薩摩のお目付という面があって江戸時代から南の方に防御を固めた構造になっていて、しかも、城攻めには10倍の兵が要ると言われているのに薩摩軍は熊本城の兵隊の3〜4倍程度しかおらず、まぁどんな城でも攻め落とすのは困難だったようです。

薩摩軍は一月以上にわたって熊本城を包囲し、水攻めなども行いましたが、結局落とすことができず、その間に政府軍が到着、城東会戦という熊本市東部で行われた関ヶ原以来最大の野戦(両軍併せて約4万人)の後、熊本中心部から薩摩は撤退していくことになります。

私の実家のあたりは、城東会戦の時は薩摩軍の前線の陣地だったそうです。



と、話がそれました。


天守閣本題の熊本城ですが、熊本城を築城したのは加藤清正という名古屋出身の(秀吉の親戚の)戦国武将で、清正は築城能力、特に石垣を積む能力に長けいて、名古屋城や大阪城の石垣も清正が積んだと言われています。(もちろん、本人が積んだのではなく、彼の指揮の下、です。)

清正の石垣は、名古屋城の天守の石垣や熊本城の武者返しと呼ばれる反った石垣など、石垣の曲がり具合が綺麗だそうです。(私にはいまいちその美しさはわかりませんが・・・)

清正の話として比較的有名なのが、口の中にこぶしを入れるという話ですかね。清正は口が大きく拳が口に入ったそうで、それを聞いた(同じく口の大きかったらしい)新撰組の近藤勇が口に拳を入れて「自分も清正のようになりたい」と話していたそうです。

まぁ清正の話というよりも近藤勇の話ですけどね。

優れた武将だったそうですが、豊臣方の武将だったためか、加藤家は2代で終わっています。(関ヶ原の戦いでは西軍大将の石田三成と不仲だったため徳川方に付いていたようです。)

清正自身も比較的若くして急死しており、徳川による毒殺という噂もあるとか。


とはいえ、徳川の時代に立てられた(徳川家以外の)城で、しかも、遠方の九州の城なので、あまり大きなものは作れなかったようですが、清正の傑作の一つとして、江戸時代に三名城の一つと呼ばれるようになったそうです。




清正像と天守閣ちなみに、加藤家改易の後、熊本城には室町の管領家傍流の細川氏が入り、幕府がなくなるまでずっと熊本城にいたのですが、いまだに熊本城は“清正の城”という風に呼ばれることが多いようです。
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2007年09月12日

遠心機から・・・

8月のある日曜日の朝、その日は私の誕生日でも会ったのですが、そんな休日の朝に私は研究室の自分の机で独りへこんでました。

小型超遠心機が原因不明のエラー表示を出し、止まったんです。

500万円以上はしそうな高価な機械、しかも、研究室に2台しかなく、使えなくなると他の人に多大な迷惑をかけてしまう・・・そんな機械が自分が使っているときにエラー表示でとまって、さらに扉も開かない・・・しかも、誰もいない。

ちょっと焦りましたね。

一呼吸置いて英語のマニュアルを読んで今のエラーの意味を調べても解決策は見出せず、結局は助教(助手)に電話して午後から来てもらうことになったのですが、それまで独りきりの研究室で、へこんでました・・・。

午後になって来た助教が何度かまわしているうちに何故か普通に動くようになって、「ま、このまま使ってみるか」ということになってその時は一件落着(?)。

私は結局そのまま夏休みに突入して2週間ほどは使わなかったのですが、その間もそのエラーは出なかったそうで、原因も分からないまま今に至っています。



先日、その遠心機をまた使うことになったんです。まぁ結構頻繁に使う機械なのでいつかはこのときが来るとは分かっていましたが、結構心配でしたね・・・。

一応、あの時以来、かなりの回数まわされているので問題ないとは思っていながらも、結構ショッキングな事件だったので微妙にトラウマになっていて、ちょっと緊張しながら電源を入れました・・・


そしたら、中から蜘蛛が・・・


あのちっこい、ぴょんぴょん跳ねる小さな蜘蛛です。

これは縁起がいいのか悪いのか・・・5秒くらいかたまっちゃいましたね。

まぁでも、私にとっては微妙な心理状態を引き起こす厄介な出来事でしたが、蜘蛛にとっては幸いでした。

その遠心機、中を真空に引いてからローターを超高速回転させるタイプなので、私が知らずにふたを閉めて遠心を始めたら、蜘蛛にとってはきっとえらい事になっていました・・・

それで機械が故障したら、私もえらい事になっていましたが・・・


結局、蜘蛛も遠心機も無事で、私も無事でした。
posted by new_world at 03:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活(日記) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月31日

総長カレー レトルト版

以前紹介したうちの大学の総長プロデュースのカレー、なんと、KBS京都テレビの提案でレトルト化されるそうです。桂キャンパス限定カレーに続き、総長カレー第3弾というところでしょうか。

総長カレーが売られているカフェカンフォーラのほかに、KBS京都テレビが9月1日に新設する通販サイト「京都生活」でも売られ、ネットからでも購入できるとか。

ただ、実物をできるだけ忠実に再現しようとした結果か、お値段も実物(714円)と同じくらいで、1つ630円になるようです。
posted by new_world at 08:41| Comment(12) | TrackBack(0) | 京都の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

ブロッケン現象 (飛行機から)

谷底の霧に映った影の周りに虹色のリングができる・・・こんな現象が山岳地帯などで見られます。

この現象の奇妙さや神秘性から、人々は、ドイツの山の名にちなんで“ブロッケンの妖怪”と呼んで恐れたり、後光を背負った仏様に似ているとして”御来迎”とありがたがったりしていました。

今ではこの虹色のリングはブロッケン現象と呼ばれ、光の散乱によって生じる現象だと解明されています。

そのブロッケン現象、山岳地帯でお目にかかろうと思えば結構な労力が必要なのですが、飛行機からだと結構簡単に見えるそうです。まぁ太陽の角度が適度に低くて飛行機の影が窓から見える必要はあるのですが。






私は今、若干遅めの夏休みをとり一週間ほど実家に帰省しているのですが、その帰省の飛行機で、ブロッケン現象を見ることができました。

ブロッケン現象.JPG











まぁ微妙にぼやけていますが、虹色のリングがあるのはわかりますよね。

これがブロッケン現象です。

今までも何度か見たことはありましたが、写真に撮ったのは初めてです。朝7時台の便でしたが夏場なので結構日が高く、影が下の方に来ていてギリギリって感じでしたが。




詳しくは知らないので簡単にしか説明できませんが、このブロッケン現象は、雲や霧などの“小さな水粒子”に観察者の影が出来たとき(=背側に太陽、前方に霧・雲)に、光の“散乱”(反射のようなもの)によって光が波長ごとに分光され、影の周りに円形の虹のようなものができる現象です。(前方方向にも同様の現象は生じ、朧月や雲にかすんだ太陽などの虹色のリングも同じ原理だそうです)


一方虹は、大きな水粒子(水滴)表面での光の屈折により波長ごとに分光されてグラデーションに見えるもので、散乱によって生じるブロッケン現象とは原理が異なります。
posted by new_world at 21:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 地球の科学・暦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

月の振動

衛星は公転軌道が楕円であったり自転軸と公転軸がずれていたりしているため、衛星が回っている天体からは「秤動」と呼ばれる一種の振動運動をしているように見える(実際に振動している場合もあります)のですが、それが凄くよく分かる映像(シミュレーション)がWikipediaにありました。

興味がある方は「秤動(Wiki)」を見てみてください。

うねって見えている感じがよくわかります。

(Wikiの映像はシミュレーションなんですが、連続写真による映像もそこの外部リンクにあります。)
posted by new_world at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地球の科学・暦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月12日

実験の合間に大文字山登山

通学路や研究室から毎日見ている大文字山ですが、実は今までのぼったことなかったんですよね。

そんなことを院試が終わった友人らと話していて、昨日、夕暮れ時にのぼってみました。

私は朝から暗室にこもって実験していたのですが、何とか18時頃に実験を終わらせ、ギリギリ夕焼けが消える前に大文字ま。

まぁ研究室から往復一時間半くらいなんで、20時には研究室に戻っていて、汗臭いまませっせと実験データの整理をしていました。


大文字より





大文字より 京都





大文字より(大阪方面)
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2007年07月30日

korea=高麗

ちょっと調べ物をしていて見つけたのですが、韓国のkoreaって“高麗”のことなんですね。

しかも、高麗の日本語読みの「こうらい」が江戸時代に日本に来ていたオランダ人によりヨーロッパに持ち込まれたとか・・・(まぁ中国でも朝鮮でも似たような読みになるでしょうから本当に日本語由来なのかは分かりませんが)。

ちなみに、高麗は10世紀〜14世紀に存在した朝鮮の王朝で、江戸時代にはすでに滅びているのですが、日本では江戸時代まで朝鮮のことを高麗と呼んでいたらしいです。

日本の中国語読みがJapanの由来だというのはよく聞きますが、高麗がKoreaの由来だとは知りませんでした。
posted by new_world at 17:50| Comment(6) | TrackBack(0) | 言葉や文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

警視庁と警察庁

警視庁と警察庁の違いってご存知ですか?続きを読む
posted by new_world at 14:14| Comment(6) | TrackBack(0) | 言葉や文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月12日

メルカトル図法 要点

メルカトル図法において高緯度ほど面積が大きくなる理由を簡単に説明します。

ミラー図法 世界地図







この地図はメルカトル図法を少し変更したミラー図法による世界地図です。

この地図で注目すべき点は

@緯線と経線が平行線である
A緯線と経線が直角に交わる


です。

つまり、緯線と経線が格子状になっているんです。

ただ、実際の地球は球状であり、南北の線である経線は北極と南極で交わります。つまり、極に近づくほど経線間が狭くなるのです。次の図を見れば一目瞭然です。

球形経線は極で交わるもので、決して平行には出来ないんです。

それを無理やり平行にしたのがメルカトル図法です。

つまり、極に近づくにつれて狭くなってくる経線間を、平行線になるように広げるんです。

横に広がるんで面積も大きくなるんです。



また、それだけではありません。

メルカトル図法においては、経線間の拡大率と同じ率で緯線間を拡大しています。

そうすることで、方角が正しく表されるのです。

次のように考えると楽です。


メルカトル図法説明A高緯度地域に正方形の区画をつくり、その正方形の中心でコンパスを持って立っていると考えます。

この場合、北東、南東、南西、北西方向に頂点があります。




メルカトル図法説明Bそして、高緯度なので経線間を赤道上の経線間の距離まで拡大しすると、正方形は横長の長方形になりますよね。

そうすると、北東、南東、南西、北西方向には頂点がなくなってしまうんです。




これを解消するためには、南北方向へも同率で拡大する必要があります。

すると、またそれは正方形になり、北東、南東、南西、北西方向に頂点が来るんです。

よって、メルカトル図法では正角性が成り立つんです。


メルカトル図法説明C
posted by new_world at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 地球の科学・暦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月10日

時の記念日

今日6月10日は『時の記念日』です。

「時の記念日」は、私にとっては「そういえばあったなぁ」程度の記念日だったのですが、意外と認知度の高い記念日らしいですね。

ちなみに、何故6月10日が時の記念日かというと、日本で始めて“時報”が開始された日だからだそうですね。

それを行ったのは天智天皇・・・あの、大化の改新の天智天皇です。大化の改新が西暦で言うと645年ですから、そのくらい昔のことです。

日本書紀によると、天智天皇が当時の都である近江大津宮で水時計のよる時報を始めたのは西暦で言う671年・・・1300年以上前の話です。

まぁ天智天皇はその年に亡くなっていますし、翌年(672年)には天智天皇の跡目の争いである壬申の乱が起こり、その翌年(673年)には壬申の乱で勝った天武天皇により都が飛鳥に移されてしまいますので、その時報がいつまで続いていたのかは知りません。ですが、記録上日本初の時報ということです。



天智天皇が漏剋(水時計)による時報を始めたのは当時の暦の4月25日らしいのですが、大正時代、現在の暦になおした6月10日が『時の記念日』として定められたそうです。(定めたのは文科省外郭団体の生活改善同盟会という組織)

ちなみに、戦後、電電公社(現NTT)による時報サービスが始められたのも6月10日(1955年)らしいです。
posted by new_world at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉や文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月31日

京都の繁華街をトランジットモール化

トランジットモール=歩行者の安全性や公共交通機関の利便性の向上を目的に、バスや路面電車などの公共交通機関以外の車両の乗り入れを禁止した区画・・・続きを読む
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2007年05月30日

鏡で逆さになる方向

鏡で逆さになっているのは前後・・・以前、これについての説明を書いたことがあったのですが、微妙に分かりにくかった気がするので、もう1つ説明をくわえておくことにします。

前の内容は、「左右が反転しているように見えるのは錯覚である」というものでした。まぁあくまで私の考えで、これが一般的な考えかどうか、本当に正しいのかどうかは分かりません。

ただ、反転しているのが前後であるというものを説明するのは比較的簡単だと思います。

『反転しているものをもう一度反転させれば元に戻る』という現象を使った説明です。

鏡に写っている像の左右を反転させてもそれは正しい形ではありますが、前後が逆転しています。一方、鏡に写っている像の前後を反転させると、それは形も向きも正しい像ができます。


勿論、物理現象としても、自分の姿を正面の鏡に映した場合、摩擦のようなものはないので、光が受ける方向転換は前後方向だけのはずです。
posted by new_world at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 生活の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月24日

100時間計れる計算機

平均帰宅時間23時で夕食が翌日にずれ込むことも珍しくない今日この頃・・・書いてる本人はかなりご無沙汰なこのブログですが、アクセス解析によると結構な数の方が依然ご覧になって下さっているようで、有難くもあり申し訳なくもあります。

まぁ帰宅時間は遅いですが、そこまで実験漬けの日々というわけではなく、正規の実験以外にも色々とやっているうちにいつの間にか時間が過ぎています。他の人よりも早く帰るのに気が引けて、だらだらと時間を過ごしている感じもありますね・・・


と、そんな感じの日々を送っているのですが、実験を始めて必要性に気付き、最近買ったものがいくつかあります。

たとえば、実験用のタイマー

研究室のメンバーの多くはキッチンタイマーで代用しているようですが、キッチンタイマーって普通、100分計(99分59秒まで)なんですよね。

まぁ基本的に、キッチンタイマーと時計で何とかなるのですが、たまに数時間はかれるタイマーが欲しくなることがあります。

ただ、一般的な長時間計は結構なお値段で、だいたい三千円前後はします。百均でも手に入るキッチンタイマーのとは大違いですよね。

私も初めはキッチンタイマーで使いやすそうなものをと思いアマゾンで探していたのですが、そのとき思いがけず、長時間計れて比較的安価なもの(1200円弱)を見つけました。

ただ、タイマーではなく、一応、電卓みたいです。キッチン用品ではなく家電系のコーナーに売ってありましたし。

それは、「電卓」兼「時計(アラーム)」兼「カレンダー」兼「タイマー」という商品で、なんというか、日本人好み(?)の何でもかんでも詰め込んだような、よくある感じの小型機器です。

写真を撮るのも面倒なので(というか、研究室にあって手元にないです)、まぁ、気になる方はここで見てみてください。(アマゾンの商品紹介です。)

一応Canonの製品で、安っぽいプラスチックの表面に、大きさは携帯電話よりも小さい手のひらサイズ、まぁ使い勝手は悪くないですが、決して使いやすい代物ではないですね。

余計な機能というわけではないですが、やはり、とっさの使いやすさは多機能な製品よりも単一機能の製品の方が圧倒的に上です。

そういえば、私は最近は毎日腕時計を付けていますが、短い時間を計る時に、腕時計内臓のストップウォッチ(クロノグラフ)を使ったためしがないですね・・・いつも普通のストップウォッチを使っています。まぁ単にクロノグラフの使い方が分からないだけですが・・・。



とはいえ、安っぽいながらも時計+カレンダーの表示は、まぁ普通の時計よりは見栄えはいいですかね。あと、実は、タイマーよりもむしろ計算機としての機能の方が役に立っているんですよね・・・時間は時計でも計れますが、3桁×3桁の計算とかは私の頭ではできませんので。

確かに、タイマーというより計算機のようです。
posted by new_world at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 色々な紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

日焼け止め

私は日差しが強い時期(4〜11月くらい)には必ず日焼け止めつけています。

ただ、別に日焼けが嫌なわけではないんです。主な目的は皮膚の保護と皮膚がんの予防です。

「日焼け止め」は皮膚ガンに対するの「ガン予防薬」という感じで捉えていますね。あと、紫外線というのは細胞の遺伝子以外の部分も傷つけますので、それを防ぐという意味もあります。

ただ、日焼け止め自体が皮膚へ悪影響を及ぼすとも考えられるので、一応、紫外線防御能力よりも皮膚への優しさを優先して選んでいますね。まぁパッケージの宣伝文句がどれだけ正しいのかは分かりませんけど。

“発がん性が疑われている物質”のようなものは結構入っていますが、紫外線の場合は“発がん性が確認されている”ので今のところ紫外線を優先的に排除しています。
posted by new_world at 22:24| Comment(8) | TrackBack(0) | 生活の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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